本会議 原稿
【国民投票法案趣旨説明に対する質問原稿】
2007/4/16 参議院本会議場
国民投票法案の趣旨説明に対する質問
07年4月16日
参議院議員 簗瀬 進
民主党新緑風会を代表して、衆議院送付の国民投票法案および
国会法改正案の趣旨説明に対し質問いたします。
1 憲法改正権者に謝罪せよ。
まず発議者に質問します。
なぜ、そんなに急ぐのですか。
国民の理解の深まりを、なぜ待てないのですか。
あまりにも性急な、国民不在の審議強行は、憲法改正権者としての
国民に対する重大な背信行為です。
まずは、主権者としての国民の権威を踏みにじる暴挙に対し、
深く謝罪すべきではありませんか。発議者の所見をお聞かせください。(発議者)
2 内閣総理大臣による国会への容喙(ようかい)は憲法違反ではないか。
そして、このような暴挙を導いた張本人の安倍総理に断固として抗議します。
「憲法改正の論議を党利党略で行ってはならない。」
参議院の憲法調査会にあっても、このことは党派を超えた共通認識でした。
このような与野党の信頼関係を破ったのは、
まさに「憲法改正を参議院の争点とする」とした総理の妄言です。
総理のこの一言ですべてが変わってしまったのです。
さらに、国民投票法が議員立法であるにもかかわらず、総理として再三にわたって
国会の審議に容喙してきました。
これは、三権分立の基本を犯すものであり、憲法違反の暴挙でもあります。
以上の総理の対応について発議者の認識を聞かせていただきたい。
(発議者)
3 準憲法規範としての審議時間は、あまりにも少なすぎる。
2000年1月20日、衆参ともに憲法調査会が設置されました。
以来7年間の年月が経過しましたが、注意すべきはそのうち5年間は
憲法本体の議論に費やされたということです。
手続法としての議論が衆議院でスタートしたのは昨年の5月からでしかありません。
また参議院においては、手続法の論議は白紙状態です。
言うまでもなくこの国民投票法案は、すべての法律の中でもっとも憲法に近い存在であり、
憲法に準ずる高い規範性を持たなければなりません。
戦後わが国の国会が定めた法律の中での最重要法案であります。
それにもかかわらず、衆議院における法案提出後の審議時間はたった58時間。
小選挙区制の導入を決めた政治改革法案は122時間、郵政民営化法案は120時間、
教育基本法案は106時間。
これらと比較しても、審議時間はあまりにも少なすぎます。
発議者の所見をお聞かせください。
(発議者)
3 立法過程に国民の参加を。
次に、お尋ねしたいのは、法案の審議に国民の参加を求める姿勢が
まったく欠落していることです。
主権者としての国民の権利の発動の手続きを決める法案の審議でありながら、
主役は無視されている。
こんなことを許してはなりません。
国民を完全に無視した審議の進め方に、私は激しい怒りを覚えます。
国会の外に出て、国民の声を直接聞こうとした公聴会が開かれたのは、
3月28日のたった1日だけ。
しかも、飛行機で移動して午前と午後に連続開催できる新潟と大阪の
たった2箇所でしかありませんでした。
まさに一応は「国民の声を聞きました」というアリバイ作りのための公聴会です。
さらに、この日の前日に与党の修正案が提出されたばかりです。
まさに、修正案の中味など国民に知らせる必要もないとの姿勢が露骨に現れた公聴会でした。
こんないい加減な対応を良識の府としての参議院は絶対に認めるわけにはいきません。
憲法の力の源泉は、主権者としての国民の、憲法によせる思いです。
国民そっちのけの憲法をいくら作っても所詮それは「張子の虎」でしかありません。
与党の皆さんは、たかが手続法と考えるかもしれません。
しかし、手続きこそ民主主義の命なのです。
手続きを知らなければ、参加の意欲も生まれません。
そこで、発議者の皆さんに質問したいと思います。
衆議院ではたった2回の地方公聴会を、参議院では徹底して開催すべきではないでしょうか。
本来であれば、46都道府県の全てで行うべきであります。
それが無理であるなら、最低でも北海道、東北、関東、中部、近畿、中国、四国、九州の
各ブロックごとに行うべきではないでしょうか。発議者の見解を求めます。
(発議者)
3 復古主義の憲法論より、未来志向の憲法論を=一般的国民投票制度の創設。
さて、衆議院の議論で最大の対立点となったのは、国民投票の対象の問題でした。
与党案は、最後までこの手続きを憲法改正手続きに限定しました。
しかし民主党は一貫して、重要な国政問題についての国民投票制度の創設
を求めてきました。
4月10日提出のわが党の修正案は、この姿勢を一層明確にするために、
重要な国政問題の内容をさらに具体化し、4つの類型を提案したものです。
すなわち第1は「憲法改正の対象となりうる問題」、
第2は「統治機構に関する問題」、
第3は「生命倫理に関する問題」、
第4は「その他の別に法律で定める問題」としました。
私は、この投票対象の議論こそ、今回の法案審議の最大の対立点であり、
それは自公案と民主案の本質的な違いに直結するきわめて
重要な論点だと思っています。
この民主党案に対しては
「間接民主主義を基本とする憲法の趣旨に違反する疑いがある」といった批判や、
あるいは、投票効果の違う二つの国民投票を一つの法律に
盛り込むべきものではないなどとの批判が寄せられています。
この批判を十分に認識しつつも私たちはこの考え方を貫いたことには
いくつかの理由があります。
それは、間接民主主義の限界を強く意識しているからです。
民意と議会の乖離そして、議会制民主主義の限界はまさに
現代政治の基本的な問題となりつつあります。
その背景にあるものは、冷戦構造の崩壊とイノベーションによる、
世界の急激な変貌です。
グローバリズム、テロ、環境問題、格差問題、これらの問題に共通するのは、
19世紀的な「国家」、「国境」、「国民」、「経済」などの
基本的な概念が大きく崩れつつあるということです。
EUの出現、通貨主権や領土主権の大胆な変更、EU憲法、
そしてマーストリヒト条約についての国民投票など、
ヨーロッパの新しい状況は衆参の憲法調査会の議論を大きく刺激したはずです。
いまわれわれが行わなければならない憲法論議は、
もはや「戦後レジームの脱却」などではありません。
復古主義的な憲法論議の残滓に取り付かれている安部総理の憲法論議に対し、
民主党案はまさに「21世紀レジームの創造」を目指したものであります。
だからこそ、これら新しい事態に対処するために、
間接民主主義を補完する直接民主主義の活用を求めているのです。
少なくとも発議者の皆さんは、私たちのこの主張をそれなりに
受け止めていただいたように感じています。その痕跡は与党案の付則12条です。
その文章を引用しますと
「国は、この規定の施行後速やかに、憲法改正を要する問題および
憲法改正の対象となりうる問題についての国民投票制度に関し、
その意義及び必要性の有無について、日本国憲法の採用する間接民主制の確保
その他の観点から検討を加え、必要な措置を講ずるものとする。」と規定しました。
これは、先ほど紹介した民主党の修正案のうちの最初のものだけを
認めたように読むことができますが、もっと広げて解釈することもできそうです。
たとえば、「憲法改正の対象となりうる問題」の中には、
「道州制の可否」とか「通貨主権」などの「統治機構」関連の問題も含める
ことができそうです。
さらに基本的人権に関連すると考えれば「生命倫理に関する問題」も
含めて解釈できそうです。
したがって発議者にお聞きしたいのは、付則という形式ではあるものの、
「検討を加え、必要な措置を講ずるもの」の中には、
民主党修正案の第1ないし第3のすべてが含まれると解釈できるのではないでしょうか。
この点、発議者の見解を求めます。
(発議者)
ただ、付則12条の気になる点は、「必要性の有 無」について検討するとして
必要性が「無」い場合も含めていることです。
しかし、全体のまとめは「必要な措置を講ずる」となっています。
この混乱した箇所の解釈を、発議者に示していただきたいと思います。
(発議者)
4 投票権を18歳へ引き下げることの担保について。
次に、投票権の年齢の問題についてお尋ねします。
与党案の第3条では国民投票権の年齢を「満18歳以上」と規定しながら、
付則3条の第1項では、公職選挙法、民法などの「その他の法令」の規定について
必要な措置を講ずるとしています。
しかし、付則3条第2項においては、これらの措置が講ぜられるまでの間は
「満20年以上」のままとなっています。
結局、措置が講じられなかったら、結局20歳のままなのでしょうか。
まず、付則3条1項の「その他の法令」とは具体的になにを言うのか、
さらに全部の成人規定の引き下げ措置が終わらない限り、依然として
「20歳」のままに据え置かれるのか、それぞれ明らかにしていただきたいと思います。
(発議者)
民主党の修正案はこのような曖昧さをなくすために、2項の規定は削除し、
他の関連する法律の成人規定の措置が終わらなくても、
国民投票の投票権の年齢は「18歳」とすることを明らかにしました。
与党の年齢規定はまさに「羊頭をかけて苦肉を売る」類のものです。
マスコミはいっせいに18歳に引き下げと大見出しで報道しています。
しかし、公選法や民法の改正が終わらない限り20歳のままとしたら、
これは国民をペテンにかけるようなものです。
発議者の明快な答弁をお願いします。
(発議者)
5 公務員の国民投票運動の制限規定について
次に公務員の国民投票運動への制限規定について発議者に質問します。
この分野での与党方針のきわめて節操を欠いた変身ぶりには呆れるばかりです。
与党は先月27日の与党修正案提出の直前に、公務員等の地位を利用した
投票運動への罰則規定を撤回しました。
しかし他方で、国家公務員法、地方公務員法等の政治的行為の制限を適用しないとの
方針もあっさりと転換し、適用除外の項目を削除してしまいました。
刑罰はないものの、懲戒免職などの行政罰によって公務員の国民投票運動については
しっかりと監視しようということなのでしょうか。
衆参の論議の基調に流れていた考え方は、
憲法改正手続きは、ヒトを選ぶ選挙とは違う、
できるだけ自由闊達に、そして出来るだけ多くのヒトに参加してもらおうと
いった考え方でした。
しかし、修正合意がまとまらないと見切りをつけたら、
あさりと基本方針を簡単に転換してしまう。
まさに衣の下の鎧を露骨に見せつけられた瞬間でもありました。
発議者の船田衆議院議員は、
先月22日の公聴会で「国民投票運動における公務員の政治的行為の
制限規定を適用除外する、こういう方向で話をまとめようとしている」と
明言しています。
公聴会での、この発言は一体なんだったのでしょう。
この発言の真意とともに、与党の基本姿勢が変わった理由をお聞かせください。
(発議者)
さらに、付則11条の意義についてもご質問します。
同条によると、「公務員が、国民投票に際して行う、、、賛否の勧誘その他意見の
表明が制限されることとならないよう、国公法、地公法その他の法令の規定
について検討を加え、必要な法制上の措置を講ずるものとする」
と規定されています。
この規定に言う「その他の法令」とはなんなのか、
その数はどれくらいあるのか、また「意見表明が制限されることのないよう」な
「必要な法制上の措置」とは具体的にどんなものが考えられるのか、
明快にお応えいただきたいと思います。
(発議者)
さらに、そのうえで、公務員の政治的行為の制限規定を適用除外と
しなかったことと、この付則11条との整合性、あるいは優先・劣後の関係について
明瞭に答弁していただきたいと思います。
(発議者)
6 両院合同審査会の積極的活用について。
さて、自公案と民主案の双方で触れられていない
新たな問題点について質問したいと思います。
まずはじめは、憲法改正について両院に置かれる憲法審査会と
その合同審査会のあり方についてです。
結論から言えば、私としては、憲法改正原案の論議の手順は「法律」と
同様に考えるよりも、両院の合同審査会を積極的に活用した
「国会」全体としての「発議」をめざすべきではないかと考えます。
もし憲法改正の発議を法律案の審議と同じように考えると、
結果的にどんなことが起きるでしょう。
私が心配するのは、改正論議においてかなり参議院の存在感が失われてしまうことです。
具体的に言えば、憲法改正原案に賛成する議員の数が、
衆参の両院で3分の2を超えていれば、先議の憲法審査会での議論で
あらかた決着がつき、後議の議院の論議は限りなく不要となります。
他方、両院共に3分の2をクリアできそうもなければ、
そもそも発議すら行われないでしょう。
まさに、法律案と同様の審議の仕方によれば、後議の議院は限りなく
その存在感を失っていきます。これでよいのでしょうか。
そこであらためて、憲法96条の規定を読んでみると、
国会の立法権を規定した59条1項とは、
その書きぶりがかなり違っていることに気がつきます。
96条は、「各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、
国会が、これを発議し」となっていますが、
59条1項は「法律案は、両議院で可決したとき法律となる。」と書いてあります。
もし憲法改正の発議を、まったく法律と同様に考えているとするなら、
96条の規定も「憲法改正案は、3分の2以上の多数で両院で可決したとき改正案となる」等
の文言となるはずです。しかし、96条は「両院の可決」とは言わず、
両院をあわせて「国会の発議」としています。
衆議院の公聴会で公述人となった憲法学者の江橋先生も
この違いを指摘しています。
すなわち96条は、両院が一体となって発議する姿を
原則に考えているようにも解釈できます。
そのように考えると、国会法改正案の102条の8の、
両院の合同審査会を、むしろ原則的に開催を求めるように
変更すべきではないかと考えますが発議者の見解を求めます。
(発議者)
7 最低投票率について
次に、最低投票率についての発議者の見解を伺います。
たとえばお隣の韓国では有権者の50%以上の投票となっています。
したがって、改正案が承認されるのはその過半数ですから、
全有権者の25%以上の賛成がなければ憲法改正案は成立できません。
このように、承認要件や最低投票率を定めて、
承認の最低基準を決めている国は相当数存在します。
今回の国民投票法案では、このような規定が置かれなかったために、
両院の3分の2以上の賛成で発議されれば、理屈の上では投票率が
どんなに低くてもその過半数で憲法は改正されます。
なんらかの最低基準を設けるべきだとの意見は与野党の双方に
存在しますが、民主党では議論の結果少数でした。
このような規定を置くことに反対する多数説の論拠は、ひとつには
ネガティブキャンペーンによって国民の自由な意思形成が妨げられることや、
最低基準を設けている大半の国が、その要件を憲法自体に規定してあり、
法律で最低投票率を設けること自体が憲法違反の疑いがあるといった、
おおむね二つの理由が主張されています。
しかし、きわめて低い投票率によって憲法改正が行われることの問題性も
理解できますし、憲法学者の中でも最低投票率を設けることを
提案する学者も現実に存在しています。
まさにこのような問題こそ、国民を巻き込んで議論するにふさわしい問題だと
思います。
最低投票率の問題の重要性に問題を絞って、
改めて国民の意見を聞いてみる必要があるのではないかと考えますが、
発議者のお考えを聞かせていただきたいと思います。
(発議者)
8 結語:国会発議が国民によって否決されることの怖さ。
このような多岐の論点を、国民と共有しながら深めていく、
それこそ参議院の使命であります。
参議院与党幹部には、すでに政党間の議論は尽くされたなどと、
法案の早期成立を示唆する向きもあるようですが、
もしそうなら、これは参議院の存在を自ら否定する無知蒙昧の議論で
あると言わざるを得ません。
国民投票法案は、憲法記念日のイベントに合わせた「記念品」ではありません。
もし与党の皆さんが、本気で、憲法改正を行いたいとお考えになっているなら、
参議院での審議強行は絶対に避けるべきです。
なぜなら、国民の目には、今回の議論が将来の憲法改正の議論と
重ね合わせて見えるからです。
踏みにじられた民意は、かならず復讐の機会を待っています。
国民投票は絶好のリベンジの機会になりかねません。
しかし、そのときのリベンジの対象は、与党だけではありません。
国民による否決は、3分の2の多数で発議した国会の全体が、
国民によって否定されることを意味します。
そのとき、日本の民主主義は自己矛盾のなかで、
瀕死の重傷に陥ります。
そんなコトが絶対にないよう、心の底から参議院における
慎重審議を求めて私の質問を終わります。