国会通信 No.180
【日本新党解党】
1994/10/31 (マンデーレポート第180回の要旨)
【先週の出来事】
・25日 新宿スクエアセンター・新宿アイランド 大臣代理
・27日 NPT研究会
・28日 都市緑化推進大会 大臣代理
・30日 日本新党解党大会
【日本新党解党】
1日本新党の歴史的意義
@政権交代
既成政党の内側からの改革パワー(さきがけ・新生)と呼応。
A政治改革
Bガットウルグアイランド
2日本新党とはなんだったのか?
@細川さんの個性。
「一騎がけの爽快さ」「アマチュアリズム」「毛並み」「スマート」
Aトップダウン型政党。 早く成りすぎた総理の地位。
政党は最初から人任せ。はじめ「さきがけ」、後には「新生」
政党運営が習熟する間もなく、党内意思形成が最後までできなかった。
B「本心なき改革」派。改革ポーズ好き。
既成政党の閉塞状況の打破。「新しさ」だけが取り柄、とも言える。
何がやりたいのか。自分の支持基盤がなんなのか。
分かってはいなかった。
EX 政治改革 最初は「中選挙区複数投票制」を主張していた。
多党制 初めは第3の道をめざしていた。
制度論の核心の理解不足
行政改革 国民福祉税 大蔵省の言うがまま。
規制緩和 なぜこれをやるかの確信が感じられなかった。
侵略戦争発言
3 細川政権が倒れた理由
@ 連立政権の理想的構造
軸足政党の「さきがけ日本新党」
新生党・社会党は「両翼政党」
A 軸足政党の分裂 急速な不安定化
4 新・新党への危惧
@ 理念の旗がどこにも見えない。
憲法論議も避けたまま。「論憲」という訳の分からぬ言葉。
「大きな政府」「小さな政府」も先送り。
安全保障常任理事国入りに付いても不統一。
理念の違いすぎる新生・公明がサバイバルのためにのみ野合。
A 当選第一主義は新たな政治不信の原因
5 さきがけの進むべき道
「3極」構造或いは多党制。
政党の数は、久保書記長などと同じ。
ただ、ターゲットの範囲が異なる。
『自民−「侵略戦争否定」論者』+『社会−マルクスレーニン主義者』