国会通信 No.198

 【戦後50年問題について】

1995/3/20 (マンデーレポート第198回の要旨)


1 不戦決議の可否をめぐって、与党各党間の意見対立が激しくなっている。   昨年6月、村山政権樹立にあたっての自・社・さ3党の政権合意協定では   この点は明らかだったはず。   今になって自民党の中で異論が噴出してくるのは全く理解できない。   参考 「戦後50年を契機に、過去の戦争を反省し、未来の平和への決意を表明する   決議の採択や記念事業の実施などに積極的に取り組む。」(三党政権合意の1節) 2 自民党内にも新進党内にも戦争の歴史をアジア諸国の植民地解放戦争と位置づけて   第2次大戦を正当化しようとする動きが公然と出てきた。   例えば、「終戦50周年国会議員連盟」の奥野会長は、「侵略戦争をやったのは米英。   私たちが戦ったのは米英でアジアではない。日本は非戦闘員がやられたり、広島、   長崎に原爆を落とされた。」との発言をしたと報道されている。 3 私は、この奥野発言には賛成できない。   なぜなら、「主権者の同意なく、他国の領土に侵入して武力を行使する」行為はすべて   侵略行為であるからである。   結果として植民地から独立し得たとしてもアジア諸国の要請によって日本軍が出兵   したのでないことは歴史上明らかである。   従って、アジア諸国に対する戦争は明瞭に侵略戦争である。   また、米英に対する戦争もアジア諸国に対する戦争と一連のものである以上、アジア   は侵略、英米は非侵略といった区別をする理由はないと考えている。 4 若い世代の議員からも「私は当事者とは言えない世代だから、反省なんかしていない。   反省を求められる言われもない」等、反省を求められる理由なしという声が公然と   聞こえてくる。これは大変残念である。   今の日本の繁栄が、ドイツと比較して戦争賠償の負担を軽減されたことに端を発して   いることになぜ気づかないのだろう。   これに気づけば、むしろ我々こそ「当事者」なのではなかろうか。 5 ただ、私はすぐ謝罪に結びつける考え方にはむしろ反対である。   なぜなら、心にもないうわべだけの謝罪は、むしろより深く相手を侮辱し、日本に   対する不信感をより増幅するからである。   昨年三月ソウルの独立記念館を見、また八月には田中秀征を団長とする視察団で   南京の虐殺記念館を見た経験から、謝罪の前に「事実の認識」を!!と言いたい。   日本人が、無言のうちに、目を背けず、過去の歴史と真正面から向き合う時、   初めてアジアとの新たな関係が始まる。   また、そのときこそ初めて日本人の精神の自立が始まると考える。 6 さきがけは「侵略戦争を二度と繰り返さない」という立党の基本精神(第二項)を   有する。   私が新党さきがけを愛するもっとも重要な理由がここにある。   これに従い、私が中心になって戦後五〇年問題についての案をまとめた。   しかし自社の間にはさまれて十分にさきがけ案を展開できないのが残念でならない。 ★★★参考【戦後50年問題についてのさきがけ案】★★★ 1 未来指向の発想で  ・「寝た子を外国から起こされることの無様さ」 ・事実認識をまず始めよ。  「歴史を知らぬものの心なき謝罪はかえって有害」。 ・まず謝罪から入っていこうとする社会党の姿勢には疑問。 ・国会の議論を中心にせよ。天皇や、首相の言葉よりも国民の代表が議会の議論を  戦わしている姿を見せることこそ重要である。 2  内容 (1) 世界平和サミットの開催      (2) 国会「50年問題特別委員会」の設置    (@ 8月15日平和メッセージの起草 A 平和憲章の起草  B 国連改革案の検討) (3) 歴史研究への助成   (4) ODAによるアジアを初めとする                         識字教育援助 (5) 個人保障のための基金創設 (6) その他の記念事業