国会通信 No.200


 【統一地方選挙」前半終了/「青島、ノック」当選の意】

1995/4/10 (マンデーレポート第200回の要旨)


すさまじい政治不信。 「誰がなっても変わらない。異端の知事に期待するしかない」有権者の悲しさや怒りを 感じる。 この結果は、与野党を問わず既成政党総てに対する強い失望と鋭い批判として、謙虚に 受けとめるべきである。 さらに、新党さきがけにとっても痛烈な反省を迫られる。 「民権政治」や「行政改革」を党是として掲げながら、結果として官僚出身者の擁立に 協力する(東京都知事、大阪府知事、神奈川県知事その他)姿勢は矛盾以外の何者でも ない。 与党にいることが、選挙戦の対応まで「与党化」してしまった。 その党の姿勢を強烈にアピールする絶好の機会のはずの選挙に新党さきがけのイメージを 明確に打ち出せなかったことは大いに反省すべきである。 いつしか、さきがけも既成政党化してしまったのではないか。 むしろ、この際再び結党当初の原点に戻るべきである。 今回の選挙結果についての識者の分析の中で印象に残ったのが「間接選挙制度不信」論。 私は3月14日からパソコン通信を始めたが、ここでも有権者や若者の間にある強い直接 民主制指向を実感する。 有権者自身、もっと直接的な政治のコミュニケーションを模索している。 「政党」という虚ろいやすいフィルターを通してではなく、直接政治にアクセスしたい、 こんな強い願望がある。 現在の科学技術のレベルからすれば、コンピューターを活用することによって、全国の 有権者の意見を瞬時に集約することも可能である。 にもかかわらず、政治は旧態依然、政党も政治家もこのようなマルチメディア革命を 知らずにいる。 制度としても国民投票制度の創設を含めて、マルチメディア時代の有権者とのアクセスを 真剣に考えるべき時に来たと考える。 私は、期間中、東京都、千葉県(2回)、山梨県、埼玉県、愛知県の計6回。 午前地元、午後他県と言った1日平均二県、深夜移動2回の超ハードスケジュールで 活動したが、結果は決して満足なものではなかった。 新党さきがけらしい戦いを展開できた地区は思いの外少なかった。 自民党離党直後の結党時期の「原点に帰るべきである。」 【遊説で特に訴えたこと。さきがけの原点】 1  政治の質的転換:: 阪神大震災の意味・教訓 → 私たちに文明史的転換を迫っている。高度経済成長時 代の右肩上がり指向、経済効率優先主義を根本から改める時期に来た。政治の基本的 目標は、「質の高い、実のある国づくり」にある。政治、経済、社会、教育、福祉の 総ての分野に「人間中心」「環境中心」の考え方を基本に据えるべきである。       2  新党さきがけの目標:: 「民権政治」の確立     @  「民権政治」とは? 官僚政治を打破し、主権者の意思を政治に貫徹することが「民 権政治」である。 官尊民卑の「官僚政治」は長い日本の歴史に根付く。江戸時代も考えによっては、幕府と 諸藩の官僚(侍)が支配する官僚国家だった。 明治維新は、さらに支配の構造をより合理化したとも言える。 しかし、現代のボーダーレス時代にこの構造は明らかに不適合となりつつある。 国境を越えて成立する経済関係、PC等の通信技術の飛躍的発達により簡単に国境を越え て成立する市民のネットワーク、環境問題や麻薬等の地球的問題、宗教さえも国家を 飛び越えた問題を発生させている。 「官僚」は「国家」の枠組みをつねに前提して存在する。 それゆえ国境を越えた政治、経済、社会には本質的に対応できないのではないか。 世界のボーダーレス化に対応するためには官僚制度中心の日本の政治・行政の構造を 変えていく必要がある。 これは、21世紀に向けた日本の社会構造改革である。 A  民権政治実現のためのポイントは「行政改革」「市民セクターの拡大」「地方分権」  の3つである。    「行政改革」は、肥大化する官僚セクターの自己増殖を押さえ、官僚セクターに主権者の 意思=政治の意思を貫徹する事である。しかし、これのみでは不十分である。 なぜなら受け皿としての市民セクターが充実していなければ、やがて再び実権は官僚の手 に戻ってしまうからである。 このため、民権政治確立のためには「市民セクター」の強化、充実が不可欠となる。 ボランティア支援のための社会基盤整備は、市民セクター強化のための決め手であり、 この可否が21世紀の日本社会のたくましい発展の鍵を握っている。 そして第3の方法が「地方分権」である。但し「団体自治」を強調すると「地方官僚」の 支配を逆に強化する事になる。 ここでは地方の「住民の自治」に比重を置くべきである。