国会通信 No.203

 【憲法記念日に考えたこと】

1995/5/8 (マンデーレポート第203回の要旨)


【連休中の活動記録】 ・宇都宮市内を中心にひたすらバイク訪問。  合計  1067軒の後援会会員宅を訪問。      ・私の愛用のバイクはピザ宅配によく使われる  屋根付きのバイク(さきがけ1号)。  先導のバイクと私のバイクの2台編成で駆け回る。  ・村山政権に対する批判(もっと指導力を発揮せよ、  景気回復をなんとかしろ、オームはいったいどうなるんだ?etc)  及びさきがけに対する不満(いったい 武村さんはなにを考えて  いるんだ、最初のイメージがずいぶん変わってしまったのでは?etc)  を何人かから聞く。   【憲法記念日に考えたこと】 〈1〉 「護憲論」の歴史的意義   →平和主義の定着化 →「軍国主義」再燃への防波堤 〈2〉 「護憲論」の弊害  (1)憲法全般にわたる現状維持思想     国家のシステム全体に対する自主的な改革意欲を減退させた。  (2)「平和主義」の「免罪符」化   「敗戦」及び「戦争放棄」を、一国平和主義の「免罪符」  として使用してきた。  (3)「自衛隊」の「ブラックボックス」化  「自衛隊」についての憲法論議を、かみ合わない  空理空論のブラックボックスの中に封じ込めてしまった。 〈3〉 冷戦・湾岸 二つの戦争終結の意味 (1) 日本の進むべき新たな進路は?  冷戦の終結及びそれに続く湾岸戦争は、いわゆる護憲=平和主義は、  実は「米ソ冷戦」の枠組みの中でのみ通用できたことを実感させた。  世界の枠組みが変わってしまった後、  日本の新たな主体的な外交路線確立の必要性を生じさせた。    「普通の国」(小沢一郎)VS「小さくともきらりと光る国」(武村正義)論争は   この点をめぐる論議である。   A 歴史上普通に見られるような国をめざすべきか。  (経済大国は、当然世界の秩序維持の責務を負わねばならない。   責務の中にはODA等の経済的な出えんのみならず、   軍事的責務も含められるべきである。→「普通の国」論)。   B 歴史上あまり例のない軍事的存在感の希薄な国を目指すべきか。   さきがけの考え方はBである。   その理由は、  1 日本は本質的に専守防衛しかできない国である。    欧米先進国のような国のまねは出来ない。  2 過去の戦争についての冷静な分析すら出来ない国及び国民に    軍隊を民主的にコントロールする力はまだ生まれていない。  3 もちろん憲法九条の存在もある。また、1、2の理由からも    九条の改正を検討する必要はない。 (2) 「自衛隊」論議は、村山政権発足当初、  社会党の歴史的な憲法解釈変更が行われて、新たな段階を迎えた。  これにより自衛隊は「空理空論のブラックボックス」  から解放され、具体的な論議の対象になり得た。   (3) 国際貢献とわが国の限度  憲法前文の平和主義の理想から、  PKO活動についての自衛隊の参加はPKO法の五原則  (停戦、同意、中立、撤収、小火器)の範囲内でのみ合憲。  しかし、ガリ事務総長が一旦提案した平和執行活動  (停戦合意が出来る以前に介入し兵力引き離しなどの  活動をする新しいタイプの活動。のちソマリアでこの活動は  一方当事者に国連が見方する結果となり手ひどく失敗。今年二月  になってこのタイプは撤回した)を自衛隊が行うことは  憲法違反であって参加出来ない。多国籍軍にも参加はできない。 〈4〉 「護憲論」の発展的展開を。 ・「護憲論」の果たしてきた歴史的意味は尊重すべきである。 ・さらに国内的には自衛隊が国際貢献で海外に活動するような  新事態が生まれ、憲法九条の歯止めとしての新たな意味も生まれた。 ・また国際的には冷戦構造が終わってむしろ憲法の理想は積極的に  展開できるようになった。世界の歴史に類例のない進路を選択した  わが国の指針として憲法九条の理想は世界に強くアピールすべきである。 ・ただし、護憲を金科玉条にし憲法を「不磨の大典」とする考え方には  賛成できない。 ・憲法各条項毎の改正必要度をじっくりと検討すべきである。 ・最近考えている改正のポイント 1 国民投票制度の採用 2 首相公選制度 3 情報公開制度の明定 4 人権規定の整備 (1、2、3とも直接民主主義的規定の強化という共通項を持つ)