国会通信 No.208
【残念な戦後50年決議】
1995/6/12 (マンデーレポート第208回の要旨)
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【先週の出来事】
1 5日 那須野が原 視察
国会移転の候補地の一つとして栃木県知事等の
説明を聞き、現地視察。
2 6日 ビジネスマンフォーラム有志との懇談会
3 7日 総務会 「50年決議」与党案了承
4 7日 CP研 久しぶりに開催。
東京大学社研所長 坂野氏の「吉野作造論」
5 9日 「50年決議」新進党抜きで可決。
6 10,11日「さきがけふるさとキャラバン」開始
宇都宮市内各所で街頭演説
【残念な戦後50年決議】
1 与党案についての評価
○与党案は以下の通りである。
「歴史を教訓に平和への決意を新たにする決議」
「本院は、戦後五〇年にあたり、全世界の戦没者及び
戦争等による犠牲者に対し、追悼の誠を捧げる。
また、世界の近代史上における数々の植民地支配や
侵略的行為に思いをいたし、わが国が過去に行った
こうした行為や他国民とくにアジアの諸国民に与えた
苦痛を認識し、深い反省の念を表明する。
我々は、過去の戦争についての歴史観の相違を越え、
歴史の教訓を謙虚に学び、平和な国際社会を築いて
いかなければならない。
本院は、日本国憲法の掲げる恒久平和の理念の下、
世界の国々と手を携えて、人類共生の未来を切り開く
決意をここに表明する。」
○与党案への批判の主なものは以下の通り
・「侵略の主体」がぼかされている、
・「明瞭な謝罪」の言葉がない、
・「侵略戦争を繰り返さない」との誓いが不明確
○しかし、自民党の一部の「あれは植民地解放戦争だ」とか
「侵略をしたのは日本だけではない」等の異論を押さえて、
「侵略的行為」「植民地支配」、「それらの行為の主体としての
日本」が明記できた点は評価して良いと思う。
村山政権発足当初の三党合意があったからこそ自民党をここまで
譲歩させることができた。
2 情けない日本の政治
○ 9日の本会議は、野党の新進党は欠席、
さらに与党も確信的反対で欠席した者、
採決は来週に先送りと早飲み込みしてよそに
行ってしまった者等空席が目立ち、
賛成者は衆議院議員全体の半数をきった。
決議の定足数は三分の一で、手続き上の瑕疵はないものの、
決議の意味を著しく軽くしてしまった。
なぜ待てなかったのか。
○ 与党三党ががあえて拙速の道を選んだ理由は、
二つの政党の内部矛盾からである。
まず、自民党:内部対立を無理矢理絆創膏で張りつけて
作ったのが今回の与党案。土日をまたいで先に伸ばすと
地元に帰り突き上げられてこの救急絆が簡単にほどけてしまう。
ほどければもう復旧不能、与党案はもとのもく網、
決議自体ができなくなる恐れが濃厚であった。
次に新進党:新進党も修正案を出したものの党全体の賛同は
得られていない。小沢一郎幹事長は森幹事長に詰問されて
「修正案は実は自分一存のものである」と認めざるを得なかった程、
意思統一ができない分裂状況にあった。
そのうえ一八〇名いる新進党のうち本会議前の総会に出てきたのは
三〇名、六分の五は不在で国会にいない、修正を求める党内意思形成が
出来る状況にはなかった。
○空席の新進党の議席を見つめながら、
私は与党案に賛成の起立をした。
私が起立したのは、ただ単に最悪の事態を避けるための
消極的な理由からであった。
最悪の事態とは
「自民、新進両党の一部の反対で、
なんの決議もできず歴史認識の欠如した自己決定力のない
国家として世界に恥をさらすことである。」
この事だけは避けたかった。
○50年決議をもって日本の新たな信頼の外交の出発点としたい、
アジアの日本に対する潜在的な不信感を払拭し、
アジアとの関係を日本外交の基軸にしようとする長年の
私の期待はあっけなく裏切られた。
(日本とアジアが必要以上に緊密になることを潜在的に恐れている
アメリカは、今度の決議のぶざまさを見て、ほっとしているだろう。)
○ 西ドイツのワイツゼッカー大統領の演説のよう
に格調高く「日本人も過去をしっかりと見つめ、
二度と過ちは繰り返さない」と宣言したかった。
○今回の決議自体、日本政治の未熟さを世界に見せつけた。
しかし、曲がりなりにも新たな信頼関係を構築するきっかけを
開くことはできた。
今後は具体的な行動で示さねばならない。
まず歴史教育をしっかりとすること、
相互の歴史認識のずれをうずめる共同研究
を国家的事業として始めること等の歴史分野、
そして従軍慰安婦問題その他の個人に対する賠償の問題にも
前向きで取り組むべきである。