国会通信 No.216


【政界再編についての私見】

 1995/8/21 (第216回 マンデーレポートの要約)


【政界再編についての私見】
さきがけと社会党を中心に政界再編の記事が目に付いた。
そこで、この論議の個別論点について私の考えを整理しておきたい。

まず政界再編の前提としての政党制度、政権像、選挙制度論についてふれると、

● 2大政党制について
 結論として2大政党制はわが国にはふさわしくないと考える。
3乃至5の政党が存在する多党制がわが国の社会的実態にはあっている。
その理由だが
1) 日本社会を二つに分断するほどの社会的分裂は現実には存在していない。
2) 純粋な2大政党制の国は世界でも数少ない。
例えばアメリカは、大統領選挙の時は2大政党制的だが、
立法段階では異党派投票が原則で政党の締め付けはなく
純粋な2大政党制とは言いがたい。
3) 2大政党制にすると、次の選挙までの間与党は強力な
リーダーシップを発揮できるものの、専横化する危険が高まる。

● 政権の姿は「単独」よりも「連立」のほうがよい。
その理由だが
1) 21世紀の価値変容に柔軟に対応できる。
2) 連立政党間の相互牽制が期待できる。
3) 自社さ連立の評価は低いが、その重要な原因は
連立政権の、結成、運営、解散等の各局面毎のルールが
確立されていないからであって、連立の本質的な欠陥と
言うより未成熟ゆえの欠点と評価すべきである。

● 選挙制度はドイツの「併用性」が理想。
上記1、2を前提とし、それにふさわしい選挙制度を考えれば、
まず全体の議席配分を各政党の得票数比例で行い、
政党毎の当選者確定を小選挙区当選者を優先する、
ドイツ型の選挙制度が理想と考える。
理由 
1) 国民の多様な価値観を反映するのが比例
であり、小選挙区は有権者に厳しい選択の自己責任を迫る。
双方のモメントがともに必要。
2) 現行の新選挙制度は小選挙区のほうに比重がありすぎ。
まず比例配分のほうにウエートを置いたほうが有権者の意思との
乖離が少なくなる。

● 以上の見通しから言えばさきがけが3極をめざすこと
自体には異論はない。

しかし、選挙対策上の「生き残り」のためのみの新党結成には
賛成しかねる。

問題は政界再編の必然的な理由、あるいは「理念」はなにかである。

● 「リベラル」という言葉の意味するもの。

1) リベラルはずいぶん安っぽい言葉になってしまった。
 安易に使いすぎる。

2) リベラルはアメリカ政治のイデオロギーとして登場するが、
そこでの意味は「社会的、経済的公正の実現のためには積極的な
政府の介入を求め、個人のモラルが問題となる社会的文化的争点
については個人の基本的人権の尊重という観点から公権力の介入
を拒否する」考え方とされる。

3) 規制緩和を経済政策の中心に位置づけようとするのなら、
むしろ競争的自由市場と自由企業体制を支持する「保守」ないし
「新保守」の考え方に近いものとなる。

21世紀に向けての大きな社会変容を視野におきながら、
さきがけの政党としての存在意義をどこに認めるのか整理すべきである。

● 「リバタリアン」対「権威主義」

1) ハンス・ベッツという学者は最近
ポスト産業社会(情報革命による産業社会の変革、
例 大量生産から他品種少量生産へ、情報テクノクラートの出現、
第3次産業の増大)
への移行に伴う有権者の政治的選好の変動を指摘。

横軸に国家介入的政策 対 自由市場政策 を置きながら、
縦軸にリバタリアン的政治 対 権威主義的政治 をおいて
新たな社会の政治的対立軸の担い手のモデルを提起した。

2) リバタリアン的政治:個人の自律・分権型意思決定・政治参加重視。
権威主義的政治:中央集権的・官僚主義的・ヒエラルヒー的意思決定手法

3) 例えば社会党には、全部がとは言わぬまでも、労組依存体質があり、
その意思決定スタイルは2)の権威主義的政治である。
さきがけはリバタリアン的であり、政治手法でなじまない点もある。