国会通信 No.253
【社さ総合安保協発足】
1996/5/20 (マンデーレポート第253回の要旨)
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【先週の出来事】
13日:ディスアビリティーネット(仮称)について
兵庫教育大学 成田教授に相談。
14日:阪神生活再建の会と面会。
シベリア抑留者協議会の代表者と面会。
社さ安全保障協議会の第1回会合。
15日:さ拡大防衛部会
「ミャンマーのODAについて」
講師:慶応大学教授 草野厚先生
17日:政治改革協議会
【社さ総合安保協議会】
● 沖縄基地問題、クリントン訪日、日米安全保障条約のガイドライン見直し等
日本の安全保障について新たな検討課題が生じている。
米ソ冷戦構造が終焉した後、当然検討しなければならない日本にとっての
最重要課題がようやくクローズアップされてきたのである。
● そんななかで、さきがけと社民党との間でのこの問題について協議をする
機関がたちあげられた。それが「総合安保協」の目的である。
● 「社さ定期協議」の下部機関として設置され、先週14日第1回の
会合がもたれた。さきがけからは、前原、中島、簗瀬が参加。
今後の検討課題について話し合った。
● まず、さきがけ及び私の基本的前提であるが、
1) 憲法9条は、いわゆる集団的自衛権の観念を認めていないと考える。
「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を
解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」という文言からは、
いかように解釈しても、「他国への攻撃を『自国への攻撃』と同視して、
他国へ攻撃した国へ反撃する権利(=集団的自衛権)」が求められる
余地はない。
A → B
\ ‖
C
2) また、集団的自衛権の観念はわが国の安全保障にとってもむしろ有害である。
経済大国であって科学技術先進国であるわが国が、憲法解釈の変更やあるいは
さらに進んで憲法改正の意思を持つことが明らかになれば、それ自体アジアに
新たな軍事的脅威をもたらすことは自明である。まして、過去の戦争の明白な
総括を行うことができないわが国だから、なおさらである。
3) ただ、「集団的自衛権」の概念は憲法上の概念ではない。憲法を解釈する際の
一つのメルクマールでしかなく、具体的なケーススタディーの中で
「武力による威嚇」「武力の行使」に当たるかどうかを判断せざるを得ない。
4) いわゆる極東有事の問題についても、いたづらにタブー視することなく、
憲法の範囲内で、できることとできないことを現実に側して分析し、
必要な立法措置も考えるべきである。
● 先日、さきがけの防衛部会で「いわゆる極東有事について」
外務省からヒアリングをした。
日米の関係での検討内容を整理すると以下のようになる。
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1 在留邦人・米国人等の退避
○在留邦人の退避:自衛隊航空機・艦船、米国等の協力
○在留米国人対比への協力:入国手続き、宿泊・給食。
2 米軍に対する協力
(1)施設・区域の追加提供(自衛隊基地の共同使用等)
(2)民間空港・港湾の使用
(3)通信(回線提供、周波数追加割り当て)
(4)各種後方支援
○ 補給支援:燃料等(→戦闘機等の燃料支援、、、)
○ 整備支援:航空機、艦船の修理等
○ 医療衛生支援:医療施設、救急車の提供(→前線間近の野戦病院)
○ 輸送支援:兵員、弾薬、燃料の輸送
○ 宿泊糧食支援:宿泊施設
(5)米軍施設区域の警備強化
(6)情報提供
3その他:大量避難民対策、沿岸警備、重要施設警備・テロ対策
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● 特に各種後方支援の憲法上の可否の判断は微妙である。
ただ、これも具体的なケースによって千差万別であり、
ケーススタディーしながら個別的に判断せざるをえない。
例えば、日本国の施政の下にある領域において米国に対する攻撃がなされた場合は、
むしろそれは同時にわが国の主権を侵す行為でもある。
こんな場合は共同防衛行動として、憲法の規定及び手続きに従って、共通の危険に
対処するように行動することとなる(日米安保条約第5条)。
これはまさに日本の個別自衛権の発動であって、集団的自衛権の場合とは異なる。
● 14日は第1回の協議の日であったが、結果として以下のことが決まった。
1 協議のテーマは軍事面に限定すべきではなく、経済や環境、情報、文化等を
含む幅広い総合的な安全保障の将来像を模索すべきであること。
2 いわゆる極東有事問題については、まず
1) 邦人救出 2) 難民救出
3) 公海上の船舶の安全 3) 日米協力 等について検討を始めることで一致。
特に1は私が主張した。高度情報社会は、軍事の有り様を一変させた。
衛星やコンピューターを駆使した高度な情報収集、整理、分析、さらに
脅威的な電子制御によって、「湾岸戦争」がテレビゲームと化したように、
新たな発想で安全保障のシステムを考えるべきである。