国会通信 No.261
【緑の協力隊 中国訪問】
1996/7/15 (マンデーレポート第261回の要旨)
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【先週の出来事】
●7月9日から14日まで「新党さきがけ訪中団」の一員として
訪中。
☆前半は江沢民国家主席ほか中国要人に核実験反対を要求。
その他意見交換。
☆後半は、内モンゴル自治区のクブチ砂漠の恩格貝(オンカクバイ)に
行き、そこで砂漠緑化の植林活動を続けるNGOの「日本砂漠緑化協会」
とともにポプラの植林活動をしてきた。
●メンバーは
団長 武村政義、井出正一、園田博之、私、田中甲、宇佐美登、
堂本暁子の7名。
【日程の概要と感想】
●9日・中共中央対外連絡部との会談。
(中国側、李淑錚部長他)
・共産党北京市書記尉健行さんと会談。
(北京市長が副書記だから、尉さんは首都圏全体の
総責任者といったところ。)
●10日・外交部訪問。外交部の副部長、陳健さんと会談。
(外交部は外務省にあたる。)
・人民解放軍訪問。副参謀長の熊光楷さんと会談。
・中南海にて江沢民国家主席と会談。
(江さんは、簡単な挨拶の後、代表団各自の意見を先に
聞きたいと言って、話の水をこちらに向けてきた。
通常、代表一人の発言しか許さないらしい。異例のことの
ようだ。)
○ (ここまでの会談の共通の印象)
〔1〕 中国側は、判で押したように以下の三点に必ず触れてきた。
1) 日中の過去の歴史の認識が大変重要であること。
2) 核実験については、中国が核保有国の中でただ一つ
○先制不使用(核の先制使用はしない)
○非核国不使用(非核国に対しては使用しない)
の2原則を明らかにしていることを強調。
3) 台湾独立については武力阻止も辞さないこと。
李登揮総統は隠れ独立派の首魁であること。
台湾の次の目標は日本接近であること。
〔2〕 これに対して、さきがけ側は以下の点を特に主張した。
1) 9月の核実験はぜひとも止めてもらいたい。
なぜなら、実験続行は、潜在的に核を保有したいと
考えている国々を必ず刺激する。すなわち核実験
自体核の拡散に間違いなく繋がるからである。
2) 台湾問題が国内問題であることは認める。しかし、
「1国2制度」を認めながら、平和的な代表選出行動に
武力演習をぶつけて圧力をかけるのは、行きすぎである。
かえって、中国の行為によってアジアの緊張を高めて
いるのではないか。
3) 日本が過去において行った行為については率直にこれを
反省し、二度とこのようなことが起こらないよう歴史を
将来の教訓とするとともに、軍事的大国主義に絶対に
なってはならないとの決意をしている。
●11日・中国社会化学院で代表的な日本研究者と座談会。
(政局問題や「新党」問題について突っ込んだ質問)
・中国林業部訪問。環境問題を中心に意見交換。
・内モンゴル自治区、包頭(パオトウ)市に移動。
飛行機の出発が遅れ、夜11時すぎにホテルに到着。
●12日・朝8時、植林活動予定地の恩格貝にむけて出発。
・4WDに各自乗り込み、砂漠対応の作業服に身を固める。
休む間もない強行軍。
・橋の変わりの船橋を歩き、黄河を渡る。
・午前10時、クブチ砂漠総合開発モデル区の恩格貝に到着。
・現地のNGO、日本砂漠実践協会の遠山正瑛会長のお話を聞き
現地駐在員の、神戸市出身の増田達志君、日野市出身の原鋭次郎君、
安城市出身の犬塚元裕君、の叱咤激励のもと、一斉に作業開始。
事務局長の石村夫妻や、日本から同行した松浦さんも参加。
・1メートル間隔で、ロープにあわせて、深さ60センチ、
直径30センチの穴を堀る。そこに、ポプラの苗木を
埋めていく。ここでの植林のやり方は計画的密植法。
・苗木は、2から3年もの、高さは1.5メートル位。
むしろ幹が細いものほうが定着は良いらしい。
・穴に苗木を置き、8割位に土を埋め戻す。
足で踏み固めた後、さらにバケツ一杯の水をやる。
そして更に水分がすぐ乾燥しないように、土をかぶせる。
・参加者の息のあったバケツリレーが続いた。
・同行記者、中国側参加者を含めて30人が一斉に2時間かけて
植林、全部で300本のポプラを植えたところで、昼食。
定着しはじめたポプラの木陰でインスタントカレーを食べる。
美味。
・午後は、クブチ砂漠の状況を視察にさらに奥に入る。
「大地の子」(NHK)の陸一心青年が下放されたのも、
内モンゴルのフフホト近辺。すぐそこから一心が現れそうな
景色が続く。砂丘の上は40度を越える。しかし、湿度が低い
せいか、風がふき渡るときは信じられないくらいさわやかだった。
・夜は、恩格貝のモデル地区宿泊施設に泊まる。浴室は、
シャワーのみ、温水は量に限度があり、早い者勝ちで、
予定数が消化されると、冷水になる。
・この地の厳しい自然は、厳寒(零下30度)の長い冬と、
4、5月ころの高温の烈風が双璧。協会の若いスタッフの
忍耐力と、底抜けの明るさに感動。
・現地をあげての歓迎会の後、モンゴル民族の移動式住居、
パオトウのなかで、武村団長と協会のスタッフの間で意見交換。
午後12時近くまで懇談が続いた。
●13日 ・午前8時、内モンゴル自治区の首都フフホト(呼和浩特)市に
向けて出発。パオトウ市経由で、5時間弱かけて到着。
・午後2時、日中合弁の縫製会社、「内蒙古 青松制衣 有限公司」
を視察。
・午後3時、市内のラマ教寺院を見学。
・内蒙古自治区人民政府を訪問。主席と会見。
●14日 ・フフホトから北京経由で、成田着午後8時。
【雑感】
1 中国式会見について
・ 通訳が入るせいもあるが、会見はどうもセレモニー的色彩が強い。
それも、相手方の地位があがればあがるほど、その色合いは強くなる。
自らの立場をお互いに言いっぱなし、聞きっぱなしで、相互の対立点を
議論で調整しようといった感がない。
・ 会見場の設営そのものが、要人になればなるほど、議論に向かない
様式になる。対面式ではなく、双方の代表を中心に置いた凹面で、
双方が顔を向き合わせることもない。
また、数名の会見にもかかわらず、例えば人民大会堂の「新橿の間」に
代表されるような、人数に不相応の大会場が用意され、参加者は大きな
椅子に間隔を置いて座ることとなり、それにもかかわらずマイクは双方の
代表者のところに1本ずつ置かれるだけである。
いきおい、会見は相互のコミュニケーションというよりも、相互の
見解を一方的に発表する場になりがちである。
・このようになるのも、一つには文化的背景があるのかもしれない。
口角泡を飛ばすが如き議論の応酬は、儒教的礼法によると、品のない
こととされているのかもしれない。
また、議論の結果、自らの見解が変わるのを潔しと考えたくないのかも
知れない。
しかし、そろそろ、政治的対話の意味を、もっと柔軟なものに考える時期
が来ているのではないだろうか。
2 改革解放路線への自信
・江国家主席をはじめ多くの指導者の言動に、社会主義市場経済という
前人未踏の試みにたいする自信が感じられた。また、労働者の質の問題点
についての私の質問にも、率直に現状を認めて話をする態度(尉健行氏)
も、その自信の深さを感じさせた。
3 核の環境汚染についての認識の甘さ
・中国の核実験は環境汚染の恐れはありません、と言い切ることには
驚いた。CTBTの議論のなかでも、平和的核利用は例外にすべきだとの
議論を展開したことでも推察できるが、核の環境汚染の観点をかなり低く
見ているのは、危険である。
4 NGO支援の重要性
・砂漠緑化実践協会は、内モンゴルの緑化に貢献している5つの日本
ボランティアグループの一つである。いままで130万本のポプラの
植林を行ってきた。91年7月から植林ボランティアの派遣も始めて
昨年までに、45回、1100名余のボランティアの協力も得ている。
・しかし、協会の活動は会長の遠山博士(鳥取大学名誉教授)の
個人的熱意によるところ大であり、活動基盤は弱い。90才を越えた
遠山会長の驚異的な気力と体力がいつまでも持続されるよう祈りつつ
、若いスタッフの情熱がさらに地球緑化の大きな力となれるよう、
解決しなければならない緊急の課題がある。それがNPO法案である
ことは言うまでもない。
・中国女性と結婚を決意し、モンゴルの緑のみならず地球の緑の
守り手として生きようと決めている若い原君。
また、モンゴルの大地でゴボウを栽培し、ニュービジネスにしようと
がんばっている増田君。
日本という枠を軽々と飛び越えて、地球市民として新しい一歩を
踏みしめようとしている若者に祝福あれ。
そして、彼らのためにもNPO法案の成立に向けて全力を尽くさ
ねばならない。
☆日本砂漠緑化協会に対する問い合わせは
〒104 中央区銀座3ー12ー18 新岩間ビル2F
03鯵248旭389