国会通信 No.264
【電脳政治学4】
1996/8/12 (マンデーレポート第264回の要旨)
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
【先週の出来事】
5日:北関東選出の「さ」と「社・有志」議員、意見交換会。
6日:午前 議員会館で取材や陳情を受けました。
午後 地元雀宮地区自治連合会創立30周年記念式典に出席、
来賓として祝辞を述べました。
夜 雀宮地区の盆踊り大会に出席しました。
祝辞を述べ、また得意の日光和楽踊りを1時間たっぷり
踊りました。最終の新幹線で、東京赤坂宿舎に戻りました。
7日:内閣委員会の北海道視察に参加。旭川の自衛隊駐屯地から、ヘリで
日本最北の駐屯地、礼文島を初めて訪問しました。
8日:午前、旭川周辺の北海道開発庁の仕事を視察しました。
午後、日光市内の支持者のホテル落成式で祝辞。
夜、岡山県知事選に出馬する石井候補者の激励会に出席、挨拶。
9日:バイクで、地元回りをしました。バイクは好きですが、
夏場のヘルメットは苦手です。頭は汗でぐしょぐしょになりました。
10日:午前、地元事務所で、陳情や取材を受けました。
午後、弔問及び地元回りののち、国政報告会。
盆踊り3カ所、挨拶ののち輪の中に入って踊りました。
「船田・やなせの熱い夏」を取材中のTBSが同行しました。
11日:地元回りをしました。
【電脳政治学 4 】
先日慶応大学で行った講義(「ネットワークと政治の変革」)
の内容をシリーズで紹介しています。今日は、第4回目です。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
第5 マスメディア論
☆新しいネットワークは、いろんな意味で革命的ですが、旧来の
テレビ・新聞を中心にしたマスメディアにない性格を持っています。
1 新聞・TV等のオールドメディアの特質。
○ 情報を社会全体に伝えていく作用をマス・メディアというなら、
従来の新聞テレビ等のメディアは以下の特色を有していた。これを、
私は、オールドメディアと呼ぶ。
(1) 情報発信力の遍在
コンピューターが情報革命をもたらす以前の代表的情報ツールは
新聞であり、またテレビラジオである。これらに共通するのは
大量に情報を発信するための巨額な設備投資である。この結果、
社会において情報発信が行えるのは一部のものに限られてきた。
すなわち情報発進力の遍在である。
(2) 情報強者と情報弱者
以上のことは、同時に社会においては、資金力や権力のある者が
情報発信において常に優位にたつことを示してきた。経済的強者は
みずからメディア事業に進出し、自分で情報を発信することができる。
また、広告料や出版料を負担することで自らの情報を発信させることができる。
結果として、従来のマスメディアは、情報強者と情報弱者を生み出してきた。
(3) 情報媒介
従来のメディアは、必ず情報の受け手と送り手の間に、情報を媒介する存在を
必要とした。受け手と送り手が直接的に情報をキャッチボールすることができるのは
かなり狭い範囲に限定されていた。広い範囲でキャッチボールを行おうとすれば
かならず、情報を媒介する新聞TVの力を借りなければならなかった。
情報媒介者の存在は、メディアの不可欠の前提であった。
(4) 「時・空」限界
○新聞は、「紙面」という「空間的制約」を受ける。
∴ 紙面の制約の中に収まる分量の記事しか掲載できない。
○TVは、「番組枠」という「時間的制約」を受ける。
∴情報は、与えられた番組枠のなかに収まるよう、スリムに加工される。
○この時間と空間の双方の制約のために、新聞・TVにおいては、
情報の送り手の意思とは関係なく、情報の媒介者によって必ず加工される。
これらの時間と空間の制約を支配する「メディアの司祭者」が不可欠となる。
○送り手のイニシャチブによる情報発信はかなり困難であった。
送り手がどんなに伝えて欲しい情報であっても、メディアの司祭の判断により
簡単に削除されたり、また圧縮されたり、さらに無視されたりする。
それがオールドメディアの特色である。
2 マスメディア革命
コンピューターによる情報発信が可能になり、さらにそれが
すさまじい技術革新によって、安価かつ簡便な情報ツールとして
飛躍的に普及するようになってきた。その結果このオールド・
マスメディアの限界性は、いまや簡単に乗り越えられようとしている。
(1) 情報発進力の普遍化・平等化
世界規模での情報発信には巨額の設備投資が必要であったが、
新しいネットワークでは、全世界に発信できるツールを、
安価にして簡易に持てるようになった。情報発進力は従来と比べて
飛躍的に社会各層に拡大した。
(2) 情報弱者へのバックアップ
情報弱者もそれなりの情報発進力を手にすることができるようになった。
巨額な資本を持たぬ中小・零細企業も、また小さなボランティアグループも
、そしてごく普通の市民も、自らの情報を広範に発信できるようになった。
(3) 情報発信の直接化
新聞TV出版界等のメディアの力を借りずに、自ら情報を発信できる
ようになった。発信できるようになった
(4) 好きなだけ発信、しかし読んでくれるかどうかは受け手次第。
情報は、媒介者によって加工されることなく、好きなだけ発信できるようになった。
ただし、読んでくれるかどうかは受け手次第。内容やスタイル等、
受け手の立場に立った情報を発信しなければ見向きもされない。
以上のように、新しいネットワークは従来のメディアにない革命的な性格を
有している。従来のメディアが社会を規定してきたように、この新たな情報
ツールは、間違いなく社会を変えていくであろう。
3 情報の客観性の担保について
○ オールドメディアは、ニューメディアに対して以下のように警鐘を鳴らす。
送り手が直接的に大量に情報を発信できるなら、恣意的な情報操作も簡単になる、
情報の客観性をいかに担保したらよいのか、虚偽の情報から受け手をどう守るのかが
最大の問題だ、、と。
○ オールドメディアは、マスコミの正義感、倫理観によって、情報の真実性が担保
されると自負している。メディアの司祭の自己規制による客観性の担保と言っても良い。
司祭者を信ぜよとでもいいたげである。
○ しかし、「報道の真実」がいかに虚偽に満ちたものであるか、あるいは
いかに危ういものであるかは、オウム報道問題のみならず枚挙にいとまがない。
○ ニューメディアに真実性のチエック機能がないかというと、そうではない。
いわゆる双方向性による、受け手・送り手の直接対決による真実性のチエックが
なされると言って良い。
○ ネットワークの特色は、発信した者は必ず直接的な受け手方の反問の機会に
さらされると言うことである。直接性は、送り手からのみの一方通行ではない。
受け手もまた、瞬時に発信した者に対して発問のメールを送ることができる。
そして、これに誠実に対処しなかったり、また答えが説得力がなかったりすれば
その瞬間、真実性についての信頼を失うのである。
○ 言うならば、受け手と送り手の真剣勝負のなかで真実性がチエックされるのである。
編集局のデスク等の情報媒介者の保証に信頼を置くのか、それとも自分のメールに対す
る発信者の答えを見て自分で判定するのかの差である。すなわち、ニューメディアに
おいては、ネットワーク当事者の双方向性による緊張関係が客観性を担保するのである。
(電脳政治学は、次回に続く)