国会通信 No.275
【橋本政権誕生】
1996/11/11 (マンデーレポート第275回の要旨)
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【ご挨拶】
先の総選挙では、皆様に大変お世話になり、ありがとうございました。
結果は、小選挙で大差で敗北、その結果比例の惜敗率も低くなり、
比例でも落選、衆議院の議席を失うこととなりました。
昭和59年12月に県議補選に当選以来、県議5年余、衆議院6年余と
あわせて12年間の議員生活に、いったん幕をおろすことになりました。
今後は、民主党の結党の呼びかけ人の一人として、党本部幹事として
さらには民主党栃木の代表として、誕生間もない民主党の成長と発展のために
尽力致します。また、今回の総選挙の反省に立って、地元での新たなネットワーク
造りにも全精力を注ぎたいと思っています。
この間皆様から私に寄せられた、多くのご支援や暖かいご声援に心から
感謝申し上げるとともに、心機一転、原点に戻って、復活の日のために
全力を尽くす決意であります。旧に倍したご指導ご鞭撻をお願いし、
ご挨拶と致します。
【先週の出来事と一口コメント】
○ 11月7日 第2次橋本政権誕生、派閥均衡型閣僚人事復活。
「自民党は派閥人事復活の先祖帰り。自己革新できるのはいつの日か。」
○ 同日 比較政治制度研究会(CP研)開催。
「CP研は私が代表の元祖超党派勉強会。佐々木毅東大教授も毎回出席。
当選者のお祝いと、落選者の激励のために久しぶりに開催。
次回は有権者の意識の変化について議論することに決定しました。」
「自民・民主・新進の若手が参加している勉強会は今のところCP研だけと
なってしまった。大切にしなければならない。」
○ 11月8日 橋本首相記者会見。行革について強い決意披瀝。
「行革の指導原理とも言うべき根本的な指針が不明。行革の目的は
一体何なのか。私は、市民中心型の社会造りこそ行革の目標と考えるが。」
○ 11月9日 渡辺知事の4選をめざす栃木県総決起大会開催。出席。
「共産党候補のみが相手とあって、異口同音投票率アップの話ばかり(前回34%)。
政策の注文が極めて少なかった。これでは官選知事の戦前に逆戻りじゃないか。」