国会通信 No.300
【辻説法300回】
1997/6/2 (マンデーレポート第300回の要旨)
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【先週の出来事】
●26日 「第2国立劇場落成記念式典」に出席。
・新宿 笹塚に完成した、日本初のオペラ専用劇場の落成式に出席。
コケラ落としは今年10月、「タケル」の予定。
● 〃 民主党栃木の幹事会に出席。
●27日 やなせ進後援会 青年部主催のゴルフ大会に参加。
●29日 東京後援会(祥進会)の朝食会を開催。
● 〃 民主党の幹事会に出席。
● 〃 プロジェクト2010 「民主主義の未来」
・講師は東京大学教授 高橋進氏。
●31日 党員拡大キャンペーンで宇都宮市内5カ所で遊説。
● 1日 とちぎ古楽協会 発足記念 第1回コンサートに参加。
・400名を越える入場者に感激。
【辻説法300回】
毎週月曜日に行ってきた辻説法は、本日で通算第300回となりました。
91年1月7日スタート以来、6年半の歳月を費やし、300の大台に
のったのですからひとしおの感慨があります。
特に200回以後のマンデーレポートは、演説要旨を直ちにビラにして一般配布、
そのうえパソコン通信で発信、さらにインターネットにも掲載という、日本で初めて
「電子辻説法」の試みに挑戦してきました。このため日曜日はいつも徹夜状況。
肉体と精神の限界に挑戦しながら、情報革命のもとでの新しい政治の姿を開拓したい
との一心でなんとかがんばってきました。
昨年10月20日、手痛い敗北の翌日こそ、私の辻説法にとって最大の危機でした。
茫然自失、誰も知らない世界に逃避したいとの誘惑に耐えながら、歯をくいしばって
街頭に立ちました。開票の時には出なかった涙も、宇都宮駅頭に立ち、足早に過ぎて
いく人々に語りかけているうちに、敗北は徐々に現実のものとなっていき、
演説の最後は涙があふれてきました。そして、ふりしぼるようにして声を出していま
した。
しかし、演説を終えてしばらくして、本当にやってよかったと思いました。
激痛に立ち向かい、自己崩壊の危機をなんとか乗り越えたような気持ちでした。
私にとって、政治家の心構えを常に教えてくれているのは、県議5期めの任期半ばで
死亡した父勇です。理想を高らかに掲げ、ガンにむしばまれた肉体が滅びるまで戦い
つづけた父勇。私は父の戦いを、まだやりきれていません。まだまだ戦いは終わって
いないのです。
日本の政治は停滞したまま、まだ新しい枠組みを作り切れていない。
それどころか、長年続いた利権の構造を再び拡大しようとしている。
べた凪と言って良いほどの現在の政局も全く不可思議と言わざるを得ません。
多くの皆さんは、自民党の、あたかも左右の手綱のさきに新進党と民主党が
それぞれ繋がれているような印象をお持ちでしょう。テーマごとに部分連合すれば、
政局は思う通りになるとの自民党のへんな自信を与えてしまったことについて
民主党はもっと厳しく自己批判すべきです。
健全野党、建設的野党の路線を私ももちろん承認しています。しかし、
結局政党の力量は選挙で獲得した議席数に正比例する、といった民主主義の
基本原則を忘れてはならないと思います。議席数によって決まっている
力量を越えて政策実現を図ろうとすれば必ず落とし穴があることを思い知るべきです。
現在の与党の政策をとって変えるほどの魅力ある対案をつねに提示しつつ、
与党の厳しいチエックをすることにまずは全力を注ぐべきです。
有権者の多くも分不相応の成果を望んではいないと思います。
日本の市民の多くは政治に飽き、政治をさげすむことで溜飲を下げている。
しかし、無関心の背後で、既得権を決して手放そうとしない永田町と霞ケ関が
ほくそ笑んでいることに気づこうとしない。
情報革命の進行によって、すでに経済の世界ではボーダーレス状況が現実のもの
となっている。日本の経済はこれに対応する自己革新の努力が足りなすぎる。
日本の風土に挑戦し、日本の社会を変革し、みんなが生きる喜びを実感でき、
そして誤りなき歴史をこの国が歩むために、私にはまだやらなければならない
ことがたくさん残っていると思います。
政治の原点の辻説法と、政治の先端の電子辻説法を交差しながら、
今後も頑張ります。よろしくお願いします。