国会通信 No.309
【日本型 資本主義を模索して】
1997/8/4 (マンデーレポート第309回の要旨)
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
【先週の出来事】
● 政治的な出来事よりも、
地元挨拶回りと、夏祭り(盆踊り、宮まつり)が主な活動でした。
神輿の重さに骨がきしみ、吹き出す汗に眼鏡は曇る。
冷夏の予測「エルニーニョ現象」もどこに行ったのか、
酷暑はさらに続くようです。
【日本型 資本主義を模索して】
● よく民主党の経済政策が分からないと批判される。
確かに、それは当たっている。
私自身、さきがけから民主党へと移行しながら、対症療法的な
経済政策はあったものの、日本経済の方向性をどのように考えたら良いのか
という根底的な解答を出せないでいる。
● 規制緩和、ビッグバン等々、いま日本は競争拡大政策を
一様に走っている。しかし、その政策の最終ゴールをどう構想しているのか、
言葉を変えれば、競争政策の果てに来る社会の姿について、もう一つ
明確なビジョンを描き切れてはいないのである。
● 自由競争原理や市場中心原理はもちろん基本的に承認する。
したがって経済面における規制緩和政策は積極的に推進しなければならない。
しかし、その行き着く先がアメリカのような極端な優勝劣敗の社会になることは
望まない。
● 先日高橋進東大教授から最近の欧州の政治状況についての話を聞いた。
その中で、大変印象に残ったのが、イギリスのブレア新首相の勝利の意義であり、
また彼が選挙戦で訴えた中心政策
「ステークホルダー(Stakeholder)キャピタリズム」という考え方である。
以下、彼のリポートを要約してみる。
● サッチャーの18年についての評価
徹底した自由主義経済と金融のビッグバンを推進したサッチャーの18年間、
その結果イギリスはどうなったであろう。
例えば、ビッグバンの結果、金融の中心街シティーはウインブルドン化
(開催地は名誉のみ、優勝するのは外人ばかり)したと言われる。
また、イギリスの階級構造はかつて「4:3:3社会」と言われた。
富める階級が4で、中産階級3で、絶対的に貧しい人が3だという。
しかし、その中以上の7と下の3との格差がすごく広がってきた。
さらに、貧富の差の拡大によって様々な社会問題が発生してきた。
学校は荒廃し、犯罪が多くなってきた。青少年のドラックなどの非行が
「3」のレベルで多くなってきたという。
サッチャー政権がもたらした歪みとして、イギリスの産業の脱産業化
(Re-Industrialization)も挙げられる。
MADE IN ENGLAND の産業がなくなり、その代わりにトヨタや日産や
フォードという多国籍企業が入ってきて、経済パフォーマンスは
良いが、イギリス生まれの産業自体はガタガタになってしまった。
本当にこれで良いのかということが言われていた。
またビッグバンで資本金融市場に比重を移していったが、
良い面もあったが、イギリスに資本が落ちなくなってしまった。
● ブレアの新しい視点
長年の労働党の内部の議論の中心は、社民主義をどうするかという
ことであった。この中で、ブレアらが出してきた3つの新しい理念がある。
「リベラル・ソーシャル・デモクラシー」とでも言わざるを得ないような
新しい理念である(これを従来の社民主義と言えるかどうかは今後の問題だ)。
1) 1つに個人の自由を絶対的に重視するということを明言した。
これは自由主義と全く同じである。これまでの社民主義は「個人の自由」と
同時に「社会の連帯」を重視していたが、こちらを落とした。
2) 2つ目に「結果の平等」でなく「機会の平等」を重視するとした。
この点、表面上は、サッチャーリズムと大差ない。 しかし、
以下に述べるStakeholder Capitalism(ステークホルダー資本主義)の観点で
サッチャーの考え方との差別化をしている。
= stakeは本来「賭け金あるいは賭けの持ち分」を意味する言葉。
自分なりの危険負担のなかでどう運用するか、つまり自己責任というよう
な意味。労働党はそのstake(かけ金)を持たせるようにする(holder)、
すなわち賭けをする機会は平等であり、もちろん勝ち負けの結果については
自分で責任を背負ってもらう、ただ賭けのテーブルに付くについては個人的な
支援をしようという考え方である。
サッチャーの場合はstakeを持つところから自分でやれということだった。
しかし、労働党はstakeを持てない人には持てるような手伝いをすると言う。
そこで例えば「教育」ということが出てくる。
ただしstakeを持ってしまった人はあとは自己責任となる。
3) 3つ目に、stakeを発揮する舞台を整える責任が生じると同時に、
stakeを発揮する際はゲームのルールを守るようにと言っている。
● 米国流資本主義の本質は、シエアホルダー(株主)中心の個人責任を強調する
資本主義である。これに対し、ブレアは新しいテーゼを提示した。
競争政策を推進したサッチャーリズムの反省にたった考え方であり、また
米国流の資本主義とは異なる新たな資本主義の模索とも言え、大変参考になる。
● 日本も、遅ればせながらビッグバンや規制緩和の米国流資本主義の
道を歩み出している。
しかしイギリスの例を見る通り、自己責任を基本としながらも、
競争こそすべての完全自由主義は何らかの原則で修正する必要があると
考える。
● ステークホルダーの適当な日本語訳は今のところない。
人によってはこの考え方を「市場経済の人間化」などと表現している。
あえて私流に名づければ、これは「参加の保障」とでもいうべき
考え方である。
経済競争に参加する資格や条件については社会的な最低保障をする、
それと同時に、参加の結果については、厳しい自己責任を負ってもらう。
「参加の保障」と「その結果の自己責任」を経済政策の基本に位置づけ
たらどうであろうか。