国会通信 No.375


 【牛】

1999/12/28 (マンデーレポート第375回の要旨)


◆ ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ■ 1998年が暮れようとしている。  今年は、参議院への転進を決意し、全力をあげて選挙に取り組んだ年であった。  栃木県という広い選挙区を走りぬいた。  多くの皆さんのご協力により、33万3834票という大量得票をさせていただいた。  ご支援をいただいた多くの皆様に心から感謝申し上げます。 ■ 参議院に活動の舞台を移し、予算委員会での質問が2回、金融特別委員会での質問が  同じく2回、経済産業委員会での付帯決議の提案が2回等々、  充実した国会活動を送ることができた。そして第144臨時国会では、  民主党を代表して補正予算への反対討論を行った。  与えられたのはたった10分間の時間であったが、本会議の壇上から思いのたけを訴えた。  その際、高村光太郎の「牛」という詩を引用した。 ■ 小渕総理はよく自らを「牛」にたとえる。  ところで、光太郎の「牛」は私の大好きな詩である。  「牛はのろのろと歩く。」で始まるこの詩に書かれた「牛」。  それは総理の「牛」とはあまりにも異なっている。  「牛は『必然の一歩』」を踏み出し、「出したが最後、牛はあとへはかえらない」、  「最善最美を直覚する、未来を明らかに予感する」そして、孤独に耐えながら、  がちりがちりと自然につっこみ喰いこんで歩いていく。  それが光太郎の「牛」である。  しかし、光太郎の描く「牛」と、総理はずいぶん違っている。  過去にとらわれて直覚力を失い、理念なき権力を守るためには、  かつて悪魔と唾棄した小沢=自由党でも平然と飲み込んでしまう。  総理は光太郎の「牛」とはずいぶん異なっている。 ■ 日本経済全体が、過去の成功の条件を失った。  高度成長時代に通用した、官僚主導の経済システムや「親方日の丸」の護送船団方式、  含み益をあてこんだ経済、情報を丸めた二重帳簿経済、  これらがすべて通用しなくなっている。土地が上がり、  経済のパイが拡大しているときは、「問題の先送り」で事がすんだ。  しかしもはやかつての成功の環境は失われた。 ■ われわれは今、長期不況の脱却と、経済構造改革の二つを、  同時にやり遂げねばならないという大変困難な課題に直面している。  これがまさに「経済再生」の意味である。  だからこそ、リーダーは、勇気と決断力そして洞察力を持ち、  事においては逡巡せず、常に明確な指針を示しながら、前進しなければならない。  「鈍牛」ではなく、後戻りできない必然の一歩を踏みしめながら進む「光太郎の牛」に  ならなければならない。    来年もどうぞよろしくお願いします。