国会通信 No.377


 【宇都宮市長選挙に石海ゆきお氏を擁立】

1999/1/11 (マンデーレポート第377回の要旨)


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 【先週の出来事】 ● 4日 pm1:00  「みんなでつくるーみや・未来・21」(以下mm21)の  第2回会合開催。席上、mm21の立候補要請を受けて、  石海ゆきお氏が宇都宮市長選挙への正式な出馬を表明しました。 ● 同日 pm2:00  民主党1区総支部 拡大選対を開催。  石海ゆきお氏に対する推薦決議を満場一致で行いました。  ● 同日 pm3:00   石海ゆきお氏の出馬の記者会見に同行しました。 ● 7日 am10:30  民主党県連 幹事会 開催。石海ゆきお氏への県連としての推薦を  再度確認しました。(手続き上は昨年12月27日に完了していました。)  ● 同日 am11:00  連合の99年新春の集いに参加しました。連合栃木も前日の6日に  石海氏への推薦を決定してくれました。石海氏も出席し、決意表明しました。 ● 8日 pm2:00   「財界とちぎ」新春の集いに出席。渡辺喜美衆議院議員等と新春討論会に参加。 ● 同日   民主党の松沢成文衆議院議員から電話。党首選に立候補するための推薦人に   なってほしい旨の依頼がありました。   いろいろ考えましたが、彼が公約のなかに首相公選制やそのための憲法改正の努力   を掲げていること、また民主党の活性化のために党首選が有用であること、などから   推薦人になることを了承しました。   「首相公選制」については、それだけを主張するよりも、   「国民投票制」と「両院制改革」の、あわせて3点セットとして主張したほうが良い   とアドバイスしました。  【石海ゆきお氏の市長選挙擁立の経緯】   ●今年4月25日に実施される宇都宮市長選挙が、  保守系県議の一騎打ちの様相を呈してきて以来、  私は真剣に宇都宮市長選挙に誰かを擁立しなければならないと考えてきました。  なぜなら、、従来の政治のしがらみ(すなわち派閥や利権)にからめられ、  市民の選択肢が奪われることはなんとしても避けたいと考えたからです。  自民党内部の勢力争い、その結果としての代理戦争のような市長選。  20年続いた増山市政への反省・総括なき後継者指名。  これらの市民不在の選挙はなんとしても避けたいと思ったのです。 ●以上が石海擁立の消極的な理由とすれば、以下は積極的な理由です。  宇都宮市は人口44万を超える中核市です。  昭和59年6月のテクノポリス指定以来発展を遂げてきましたが、  最近はその発展の方向性を見失い、市街地の中心部には死骸が1年ちかくも  放置された後発見されるなどといった幽霊ビルまで出現する事態に陥っています。  福祉や医療さらには、高齢者介護の面でも市民の不満は高まっています。  しかも財源的には徐々に厳しさを増しています。  このような状況の中で、未来へのしっかりとした構想力を持った人、  そしてそれを現実化できる手腕を持った人、  市民の声をしっかりと聞ける人、  そんな人をぜひとも市長に擁立したいと思っていました。    今回、熟考の末に勇気ある決断をしてくれた石海ゆきおさんは、  そんな人だと確信しています。 ● 石海さんの経歴  石海さんは、昭和22年の3月に 現在の宇都宮市桜3丁目で生まれました。  小学校、中学校は「付属」、その後宇高、東大、通産省と歩み、  通産では、ジェトロのサンパウロ所長やニューヨーク領事などを経ました。  サンパウロ時代は、流れ弾が左大腿部を貫通するなど命拾いもしています。  最後は地球環境担当の審議官として、昨年12月、京都で開催された  地球温暖化防止世界会議(COP3)を担当しました。  京都会議では、参加国の合意ができないのではと多いに危ぶまれました。  しかし彼の3日3晩のねばりでなんとか成案にこぎつけることができたようです。  環境庁の会計課長も経験している彼にとって、環境とエネルギーの調和は最も  関心の深い分野です。COP3は彼の仕事の集大成となりました。  昨年6月には通産省を退官し、地域振興整備公団の理事に就任し  工業団地や中心市街地活性化の仕事に携わってきました。  宇都宮西武中核工業団地も彼の担当でした。そして市長立候補のため、  着任5ヶ月という短期間で公団をやめる決断をしたのです。 ● 厳しい選挙戦  4月の市長選は、保守系県議前、元、元あわせて3名が出馬し、  すでに相当な準備をしています。  石海さんは、まったくの知名度ゼロ。  決してお膳立てのそろった、選挙ではありません。  自民党の広範な支持基盤にのっかっての出馬でもありません。  もちろん利権の延長でもありません。  厳しい茨の道をあえて選択した彼の勇気には、  ほんとうに感動しています。  彼は「元官僚」というより市民派「脱官僚」と言うべきです。  今度は市民の側に立って、通産省の経験をいかす決意です。 ●必死の食い下がり  彼と私の出会いは15年前のことです。  ニューヨーク領事の石海さんと、テクノポリス調査団(県議の父 勇 が組織)  の一員としてお会いしたことから始まりました。  その後、お互いの交流はなかったのですが、  彼に市長選の打診をはじめたのは今年11月の初旬ころでした。  最初から最後まで彼は思い悩みました。  説得するのにも、ものすごく骨が折れました。  12月20日には、大分に飛び、入省時の直属の上司であった  平松知事に会って相談をしたそうです。  最後の23日は、午後3時から午後8時まで、固辞する彼に対し、  5時間かけて文字通り必死の思いでクドキに口説きました。  最後は私を兄弟と思ってほしいとまで言いました。  それでも彼は「うん」といってくれませんでした。  もう一回考えてほしい、とようやく言い残して、分かれるのが精一杯でした。  そして内心ではだめかもしれないと思いました。  しかし、その2時間後に電話が入りました。  「やります」と言ってくれました。本当にうれしく思いました。    私は、民主党の党利党略で石海さんを市長候補に擁立したつもりはありません。  この中核市 宇都宮の未来のビジョンを描ける人、  そしてそれを具現化できる行政手腕を持っている人、  開発ではなく地球環境への思いを共有できる人、  そして市民の痛みを共感できる人、  そんな見地から 私は石海さんをぜひとも市長になってもらいたいと  思っています。