国会通信 No.408
【 「被援助国の論理」 モンゴル共和国 視察記2】
1999/9/20 (マンデーレポート第408回の要旨)
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【先週の出来事】
● 13日(月) 県連幹事会。
本県の衆議院選挙の対応策を中心に議論。
栃木一区についても候補者選考小委員会を設置する事にし16日に
第一回の会合を持つ事にしました。
●14日(火) 午前中上京し、次期臨時国会の中心議題となる
中小企業対策の通産省の基本方針について、中小企業庁からレクを
受ける。
午後、宇都宮に戻り下野新聞社を訪問。モンゴルとハワイ、
ワシントンの帰朝報告を行う。
夜、再び東京に戻り、通産省の情報関係の若手と懇談。
翌日の午前中から始まる敬老会に出席するため、懇談終了後、
再度宇都宮に戻る。
●15日(水) 例年の通り、地元敬老会にできるだけ顔を出しました。
午前中5ヶ所、午後3ヵ所の合計8ヶ所に出席。
残暑厳しく、冷房のない体育館で行われる敬老記念の祝賀会は
けっこう汗だくになる。
今回はモンゴル大統領の母親の話をしました。
大統領官邸の庭先に、モンゴル伝統の天幕「ゲル」を張り、
息子の勧めもガンとして断ってゲルに住みつづける母親の毅然とした
態度を、祝賀会に集まっているご長寿のみなさまにご披露しました。
●16日(木) 朝、前記の一区候補者選考小委員会を開催しました。
午後、鳩山選対に顔を出し、情報収集。状況分析。
この日は、18:30から宇都宮で三候補の立会演説会を開催。
私は司会を務めた。
残念だったのは、菅さんの奥さまの父上が急逝。
その弔問のために通常の演説順を変えて、菅さんがトップで話。
そして終了後、質疑に参加せずに会場を離れる事に。
三人の話はそれぞれの個性が出ていて大変良かった。
●18日(金) 12:30 関東甲信越税理士政治連盟の大会に出席あいさつ。
次期臨時国会、中小企業国会と名うって行われると聞いているが、
これはむしろ遅きに失している。
たとえば、アメリカの80年代、大企業は300万人の雇用減、
これに対して中小企業は1800万人の雇用増。中小企業対策こそ、
経済政策の基本にもっと早くから位置付けるべきであったのではないか
とスピーチ。
帰りがけに長野県の老税理士から「あんたの話のとおりだ」等々激励
されうれしくなりました。
14:00 商工部会開催。
今回36年ぶりに中小企業基本法を改正するとのこと。
その改正のポイントはまだ法案化には至っていない。
もう少し時間がかかるがそのまえに民主党の考え方をしっかり伝えて
おく事にした。中小企業の定義を若干変える
(主に資本金の部分。従来一億円以下であったのを三億円以下とする。
従業員を変えるのはサービス業のみ。50人を100人以下に改める。)
以外に、多くの説明を受けたが、結論から言えば不充分である。
改正の哲学が示されていない。
政策手法も旧態然としている。
など、今後の日本経済の中で中小企業がどう位置付けられるべきなのか、
明確ではない。
●18日(土) 地元西小学校の運動会で来賓としてあいさつ。
13:00 前宇都宮市長の急逝にともなう葬儀に参列。
20年の増山市政でした。私自身にもいろいろな思い出があります。
ご冥福をお祈りします。
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【「被援助国の論理」 モンゴル訪問記2】
■モンゴル共和国視察の総括
1 自助努力 自立支援の観点
今回の視察で特に感じたのは、援助先の自立可能性の観点である。
好対象なのは鉄道とバスであった。
鉄道は創立60周年の伝統を持ちモ国の基幹産業としての自信と組織文化そして
確立したシステムを持っている。
末来のための設備投資の意味を持つ「減価償却」などを行っていないのは若干気に
なるが、一応の黒字を続け、貨物・旅客ともに輸送量は拡大している。
一方バスのほうは問題である。
現在当地の第1バス公社には日本から100台のバスと整備工場一棟が供与されて
いるが、残念ながら赤字体質は一向に改善される気配がない。
100ツグルク(16円)の市内均一料金制度をとっているが、社会主義時代の
無料パス制度の惰性が今も続いており、バス代利用客の40%が料金の支払いを
しないといった情況にある。
したがって赤字体質は改善していない。
このまま支援を続けても、赤字はさらに累積していくことは目に見えている。
抜本的な改革をしない限り、援助は泥沼化していくであろう。
そもそも援助の究極の目的は、援助を必要としない自立の達成である。
したがって援助をさらに継続するかどうか、あるいは出発点における援助の
可否そのものの決定に際し、自立可能性の有無、自助努力の促進等、を中心に
おいて考えるべきである。
貴重な国費を他国民のために費やすのであるから、時には自立可能性の厳しい
判定の下に援助の縮小や、内容の変更、さらに中断等の厳しい決断をすべきで
あろう。
2 援助する側、される側
日本は世界最大の海外支援国である。
従っていつも援助する側の論理に立つ。
それは当然のことであり、上記1もまさに援助する側の論理の最たるものであると
思う。
しかし、この論理だけの一面的な見方に終始すると、かえって援助の効果を低下
させる場合があることに注意すべきである。
「有難迷惑の援助」「独善的な援助」「自己満足の援助」などになってはならない。
そのためにも、常に援助される側の立場や心理情況を推し量りながら援助の決定を
なすべきである。
すなわち、常に「援助される側の論理」を忖度しておくことが重要である。
今回のモンゴル視察にあたっては、ほぼ毎日のように日蒙友好議員連盟の会長
バトバヤル議員をはじめ多くのモンゴル議員と顔を合わしまた議論をした。
もちろん個人差はあるだろうが、彼らの中にジンギスカン以来の英雄の末裔として
の誇りが脈々と生きつづけているのを実感した。
いまは経済の大変革期にあって多少の困窮はあるものの、本来は草原の民として
独立心旺盛の誇り高き民族なのである。
援助を必要とし、感謝もしているが、卑屈にはなりたくないし、
また必要以上の支配も受けたくない。その陰影のある複雑な心象風景に思いを
致すことも大切である。
しかし、彼らも政治家である。
利用できるものは、どんどん利用しようとするのは当然のこと。
そして援助を引き出しながら、必要以上にコントロールされないよう、常に牽制球
を投げつづけることも、また彼らの当然の戦略である。
次週に述べる、ロシアや中国の各カードは時には日本への援助を引き出す圧力と
なったり、また援助国からの圧力の防波堤として使ったりするのは当然である。
1で、援助する側の論理を言い、2で「〃される側の論理」を言う。
我ながら矛盾しているかもしれないが、しかし決して矛盾ではないと思う。
まさに対立した要請の狭間の中で、緊張感を持って援助が運営されなければ
ならないのである。