国会通信 No.420


 【38度5分は、15分の英語スピーチのせいか?】

1999/12/20 (マンデーレポート第420回の要旨)


【先週の出来事】 ■ 13日(月)     10:00 本会議           人事案件法案(貸し金業法改正案 原子力災害対策特別措置法案等)。           ※ 会期末は15日。           今国会、自自公 連立政権は、厚生年金改正案の強行採決           そしてその委員会差し戻しなど失態が続く。           そして会期末近くなって、定数是正案が争点に。           民主党はもとより定数是正には賛成しているが、さらにその先決案           件として企業献金禁止の優先処理を主張。           会期の延長決議が急浮上するなど緊張が走る。     15:40 金融特別委員会。           小委員会の設置手続きのみ行う。 ■14日(火)      7:30 第二回水島選対を開催。27日に選対の発足式を行う事を決定した。     10:00 交通情報通信委員会。           会期末処理の手続きのみを行い10分間で終了。     14:00 民主党の憲法調査会を開会。私は事務局次長になる。     18:55 本会議。           中小企業の事業活動の活性化法案等の採決。賛成。  ■15日(水)      8:00 21世紀臨調 開催。     12:45 本会議。会期末処理。閉会。           ※ 結局 自民党は会期延長を断念。           延長されれば、一挙に解散ムードとなるところ、まだそこまでの           決断はできていない事が明らかになった。           自自公政権もそれぞれの本音と建前が違いすぎ、前国会とは           様変わりの迷走ぶりを示した。           小沢さんの「おおかみ中年」ぶりも悲哀を誘う。           次の通常国会冒頭で定数是正を処理するとの合意もお互いの言い訳           のように聞こえる。           単なる政権維持のためだけの、原則なき数合わせ、           こんな連立政権は国民の利益にはなるわけがない。 ■16日(木)     バンコクで開催されたNGO中心の国際会議に出席のため午前10時過ぎに     成田を出発。     バンコク着現地時間午後4時。 ■ 17日(金)      終日バンコク。 ■ 18日(土)      バンコク11時25分発、成田着午後6時25分。     宇都宮着午後10時。 ◆ ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 【38度5分は、15分の英語スピーチのせいか?】          ●16日 10:25NH615便でバンコクに向かう。      同地で開催されるOSI(Open Society Institution)やジャン・ジョレ財団、      オラフ・パルメ財団等の主催によるNGOの国際会議に参加。      テーマは「Transition & Glovalization」。 ●この日は、到着後、ノーベル賞受賞者のアマルヤ・セン オックスフォード大学教授  の話を聞いた。話の内容は、民主主義のほうが、権威主義よりも経済発展において  さらに有効だ、との論旨。  セン教授はAuthoritarianismとDemocracyを比較しながら論述していたが、  Authoritarianismは権威主義とも独裁主義とも訳される。  彼の分類では、マレーシアもまたシンガポールもフィリピンも  ある種Authoritarianism国家だとしている。  とするとAuthoritarianismの訳語として独裁主義としてしまうのはちょっと  行き過ぎなのかもしれない。  独裁者にあたる英語は「Dictator」である。また独裁国にあたる言葉として  「Dictatorship」という言葉もある。これに疑問を感じた私は、翌日の朝食時、  何人かにAuthoritarianism と Dictatorship の違いを聞いてみた。  ある人曰く、軍事力によって反対勢力の存在が駆逐されているのがDictatorship、  そうではなく反対勢力の存在は認められているが、実際にはその勢力が政権に  たどりつくことはほとんど考えられないのが、Authoritarianismであるとの解説  であった。  こう考えると実は日本も、Authoritarianism国家なのではないかとの疑問が  湧いてくる。「官僚」という名のAuthoritarianが長く日本を支配していた。  日本の1990年代の政治は、この官僚と言うなの権威者であり影の独裁者との  戦いであったと総括したらどうか、このような観点から翌日のレポートをする  事にした。 ●セン教授の話の後、翌日のスピーチ原稿のチエックを始めた。  準備期間もなく用意した原稿はそのまま読むと30分以上かかりそう、そして不的確な  訳や重複も多い。頭を抱えていたときに、すばらしい救い主が現れた。  ビルマ民主化のボランテイアであり、堂本参議院の秘書の経験もある円チエイスさんだ。  ボランティアの円チエイスさんの強力な支援を受けて、3時間かかって  ようやく15分程度の英文演説原稿をまとめる事ができた。(後記)  円さんに多いに感謝しながら、夕食のタイ風春巻きとチャーハンを  食べたのが午後11時過ぎであった。 ● 17日(金) (在 バンコク)   バンコクはプミポン国王の国を上げての72歳の誕生祝賀が先月行われたばかり。  日本と同様の干支のあるタイでは、12支が6回まわった72歳の誕生日が  特にめでたいとされている。2年前の通貨危機のショックも徐々に癒えて  きたような印象。会場であり宿泊先のサイアム・インターナショナル・ホテルは、  祝賀記念行事で開業したばかりのスカイ・トレーン(モノレール)の  駅のどまん前にあり、ようやく元気を取り戻してきたバンコクの象徴になって  いるような感じだった。 ●午前中8:30 サリン・ピツワン タイ国外相の演説がスタート。  彼は40歳前半の将来を嘱望されている政治家。流暢な英語のスピーチには舌を巻く。  聞くところによると、タイの閣僚の約半数は米英の一流大学の留学経験を持つという。  アジアのニューリーダーもかなり英語圏に組み込まれている感じ。  ちなみに彼の演説のなかで「ZUNAMAI of Glovalization」と聞こえる  フレーズが3回ほど出てきた。何だろうと思って円さんに聞いてみたら、  なんと日本語の「津波」をそのまま使っているらしい。少々驚いた。 ●午前9:30からはいよいよパネルディスカッションが始まった。  午前中は「政治」午後は「経済」を中心にしたパネルデイスカッション。  私は午前の部の四人のパネラーに名を連ねている。  マレーシアのNGOからは、マハティール政権がかなり厳しい言論統制を  行っている現状などについての発言があり、さらにビルマ民主化のNGOの  みなさんからはAuthoritarianismに対するもっと厳しい対応を求める声もあがった。  また、午後の部の経済についてではWTOのシアトルでの混乱を指摘しながら  市場主義は民主主義にとって有害なのではないかとか、他方で途上国の経済発展  のためには民主主義的な手法よりも、権威主義的な手法のほうがより有効なのでは  ないか等の質問がなされた。  私もパネラーの一人として、15分間のレポートをしたあと質疑応答に。 ● 市場主義と民主主義の矛盾といった難しい問いに対し、円さんの通訳を通じて答えて  いるうちに、司会者からメモ。  「時間がないから簡潔に」。  通訳を介しての発言だと、発言時間は2倍になる。最後は、もどかしく分けの分から  ない英語をつまりながら連発。  そして「This is my English.」と結ぶと、なんと拍手が来た。  わたしだけに拍手があったのは、英語力のハンデを補うための汗だくの身振り手振りに  同情と多少の共感を覚えてくれたのかもしれない。 ● 最後のまとめとして各自話すと言う事になって、私は以下の3点をまたまたブロークン  な英語で話した。  1 グローバリゼーションの本質が情報革命にある事を忘れてはならない、と思う。    コンピューターがなかったら、ジョージ・ソロスもビル・ゲイツも存在しなかった。    だから、グローバリゼーションは避ける事のできないこととして受け入れねば    ならない。  2 しかし、競争は避けられないとしても、競争のスタートの条件は平等でなければ    ならない。そのために、政府も政治も努力すべきである。  3 そして、最後に付け加えたいのは、情報の平和的な利用、あるいは情報による    平和の創造ということである。    情報の軍事的な利用や、経済的な利用がクローズアップされているが、本来の    コミュニケーションの道具としての利用をさらに強化し、情報によって国境を超え    たコミュニケーションを活発にして平和のための前提を作るべきである。    と主張した。    またまた、拍手。複雑な感のなか、うれしくもあった。 ● 会場ではアジアを中心にした多くのみなさんと名刺交換し情報平和主義のための  国際会議開催の協力を呼びかけた。  この日の日程は、午後5時近くなって終了。  しかし、会議途中から、会場の猛烈なクーラーで、寒気を覚えるようになっていた。  部屋に戻り、風呂に入っても寒気がとれない。  夜の日程もすべてキャンセル。  ひたすらベッドにもぐりこむ事にした。  ホテルには体温計もない。  医者を呼んでくれ、しかし別料金だなどと言う。  滞在客の健康管理をなんと考えているのか、体温を測るためだけに医者など呼べるか、  などと腹を立ててみても仕方がない。  結局ホテルの外のショッピングセンターに体温計を買いに行く。  悪寒を感じながらも汗びっしょりになって部屋に帰り、計ってみたらなんと38度5分。  健康には自信があったのだが、急激な冷房病か、それとも昨夜食べた生野菜が悪かった  のか、食欲もわかず、胃腸の蠕動感もない。  結果、この日の午後5時過ぎから翌日午前6時までベッドに横になっていた。 ●18日(土)  この日も微熱が続いた。  予定では、午前中の日程で終了した後、夜のさよならパーティーが市内の宮殿で行われ  る事になっていた。  しかし、また夜になって発熱するようだとまずい。  さらに日本向けの便は午前11時30分発のタイ航空のものがあるだけ。  迷ったが、大事を取って、残っていた午前中の日程をキャンセル。  TG640に変更し、帰国した。 ● 38度5分は、15分のスピーチのうえ、さらに英語での質疑応答など慣れぬ事をした  ための「知恵熱」が出たというべきか。