国会通信 No.421
【子どもたちがボランティアできる政治とは?】
1999/12/27 (マンデーレポート第421回の要旨)
【先週の出来事】
■20日(月)
18:30 栃木5区 福富健一 民主党公認候補予定者の選対発足式であいさつ。
■21日(火)
10:00 常任幹事会に出席。北関東ブロックの候補者調整問題で議論。
■22日(水)
10:00 上三川町議選 応援。
■23日(木)
12:00 水島広子 立候補予定者とともに 上三川地区あいさつまわり。
■24日(金)
9:00 民主党ホームページ のリニューアル検討会。
14:00 政策調整会。通信副大臣として参加。
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【子どもたちがボランティアできる政治とは?】
●略称辻立ち議員連盟 が発足したことについては前回簡単に触れた。
正式な名称は街頭演説議員連盟。定期的に街頭演説を行っている議員及び議員候補者
をもって会員資格とし、その活動目的は、会員相互の親睦・交流につとめるとともに、
以下の事項に関する提言及び立法活動を行うこととした。
1) 街頭演説及び政治活動に対する各種規制の撤廃
2) 議会における弁論及び討論の促進
3) 学校におけるディベート教育等の普及
4) 選挙運動における演説や討論の強化
● 12月9日に拡大総会開いた。その前に全国会議員あての案内状を送っていたが、
直前までの集計によると、総計は51名の国会議員と4名の立候補予定者が参加して
くれた。
また顧問として、羽田孜さん、山原健二郎さん、石井一さん、江田 五月さん、
会長として私、
副会長として 逢沢 一郎(衆・自) 上田 清司(衆・民)
枝野 幸男(衆・民) 佐々木 陸海(衆・共)
島 聡 (衆・民) 横光 克彦(衆・社)
の各氏、さらに事務局長として中田宏(衆・無)をそれぞれ選任しました。
参加者の内訳は以下のとおりです。
衆 参
自由民主党 3 1
民主党 24 11
日本共産党 8 2
社会民主党 2 0
無所属 2 0
計 39 12
●この辻立ち議連の設立の趣旨は、前述のとおりです。
そして私自身にとってこの議連は、政治改革の手付かずのテーマへに再挑戦する足がか
りでもあります。
言葉を変えて言えば、公職選挙法が用意している数々の政治活動への諸規制への抜本的
改革を行わなければ、いつまでたっても政治に普通の人の参加が望めないと言うこと
です。
● 子どもたちが、選挙事務所で明るくお手伝いをする、そんな光景がどうして日本では
見られないのでしょうか。
小学生や、中学生が、選挙事務所で誇りを持ってボランティア活動が行える、
そんな光景がなぜ日本では見られないのでしょうか。
● もちろん政治に対する評価が低ければ、子どもたちが政治に興味を持つことなどあり
えないと思います。
しかしそれ以外の理由もあるのではないでしょうか。
●なにしろ、日本の選挙は印象が暗いのです。
選挙違反を気にしながらやる選挙、何をやってよいのか、なにをやって悪いのかよく
分からないのが選挙、いつなんどき警察のご厄介になるか知れないのが選挙、おおくの
国民はこんなイメージで選挙を見ているのではないでしょうか。
●この国の選挙は、特殊なわざ(技能)の世界に入ってしまっている。
特別な人が、特殊な知識と技能で行うのが選挙であると、思ってしまっている。
普通の人なら、簡単に近づけないような場所にある。
こんなイメージが続く限り、日本の政治への新たな人材の供給は先細りです。
いつまでたっても日本の政治は開かれずに、レベルアップも出来ません。
選挙がなぜそんな特殊な世界になってしまったのでしょうか。
だれでも選挙権と被選挙権があるというのは建前でしかないのでは、、、?
すくなくとも多くの日本人は選挙は特別な人たちの特別な営みであると思ってしまって
いるのではないでしょうか。
このような現状を作った原因はなんなのか?
そしてそれに対処するためにどうしたらよいのか?
1990年の2月に衆議院議員に初当選して以来、このことを考えてきました。
● 原因はまず、日本の政治の評価がきわめて低いということ、あるいは低いどころか、
スキャンダルによっていつも刑務所の塀と隣り合わせであったこと等、政治自体の
ほうにまず問題があることは言うまでもありません。
しかし、もうひとつあると思います。それは、公職選挙法という世界に稀な非常識な
法律によって、日本の選挙ががんじがらめに規制がかけられていることにあるというの
が私の考えです。
● 規制があるということは、規制違反が、重いも軽いも含めて、選挙犯罪を構成すると
いうことになります。
すなわち公職選挙違法は、選挙に関して実に多量の違反を用意していることを意味
します。
しかも、それがわかりづらい。政治の実態からくる常識ともかけ離れている。
このことが選挙を常に素人から遠ざけ、玄人の世界に封じ込めている
原因となっている、これが私の考え方です。
●すべての法律は、二つに分類できます。ひとつは組織法、もうひとつは活動法。
制度の器を作るのが組織法なら、制度の枠組みの中でどのような活動が行われるのかを
定めるのが活動法です。
この10年、まがりなりにも日本の政治の枠組みは変わりました。
組織法が大幅な変更をしたからです。
すなわち、選挙制度の変更と公的資金の導入によって、政治は大いに流動化しました。
しかし、活動法は、基本的には何の変更もありません。
そこが問題です。
私は、これからは、この活動法の内容を根本から変えていく必要があるのではないか
と考えています。
●公職選挙法の非常識
これをいくつかあげてみます。
1 最大の非常識は、「政治活動」と「選挙運動」を別物にしていると言う点です。
世界の常識は、政治活動の頂点に選挙があると考えています。二つは当然連動
しているのです。
民主主義の社会では、政治活動の最終的な判定は選挙で下される、これは当たり
前のことです。しかし、日本の公選法は、この二つを完全に別物にしています。
その証拠に、公選法は選挙活動について制限列挙主義を採っています。
これは何を意味するのでしょうか。
政治活動は憲法の建前からいって完全自由としながら、選挙活動は、法律が定め
たもの存在を許さないのです。
民主主義の自然な営みである政治活動の結果としての選挙を、公選法は否定して
いるのです。
2 戸別訪問はなぜいけないのでしょうか。
およそ、人にものを頼むとき、もっとも丁寧な頼み方は、相手のお宅に自らおう
かがいすることだと思います。
自分の支持する人への投票を依頼するとき、もしこのような常識にしたがって
しまうと、あなたは戸別訪問違反になります。
こんな非常識な規制はないと思いませんか。
それどころか、小選挙制度のもつ、現職優位という制度的な欠陥を、現実的に
救済しているのが実は戸別訪問なのです。
しかし、依然として公選法はこれを禁止しています。
禁止の理由は、戸別訪問は現金買収の温床であるとしたり、選挙期間中の住民の
プライバシーを侵害しないようになどと説明しますが、選挙民を買収されやすい
ものとの愚民思想はそもそも問題だし、住民の迷惑を考えずに選挙に勝つこと
などできません。
3 文書違反はコピーが高価だった時代の遺物でしかない。
選挙中に配布できる文書については、あきれるほど多くの規制を置き、またその
文書にいちいち証票をはるなどのバカバカしい手続きを置いています。
これは行政側にも政治の側にもいたづらな選挙コストの増大を強いています。
4 インターネットが文書か図画か、などといったアナクロニズムの議論をしな
ければならないのもナンセンスである。
その他数え上げればきりがありません。
●公選法は、議員立法です。
すなわち現職議員がまず自分たちに都合のよいように作った「お手盛り法律」の典型
といってよいと思います。
しかし、この法律によって選挙と、それにつながる政治はますます玄人のものとなり、
一般の有権者から遠ざけられていくのです。
政治は特殊な技の世界になっている。
これではいつまでたっても日本の政治のレベルは上がりません。
子どもたちが、喜喜としてボランティアできるような政治。
それを目指して、行きたいと思います。
これが、街頭演説議員連盟の設立の根幹にある私の願いです。
来年もよろしくお願いします。