国会通信 No.427
【半導体産業の危機】
2000/2/7 (マンデーレポート第427回の要旨)
● 1月27日、自自公政権は、定数削減法案を委員会で強行採決、その空転のあいまを
みはからって、仙台に向かった。
めざすは、東北大工学部の青葉記念館4階講義室。
そこで行われている霍見教授の集中講義を聞きに出かけたのである。
●私は、県議時代から一貫して日本の先端産業の未来を見つづけている。
現在も民主党にあって、知的財産権戦略プロジェクトチームの座長の職にある。
先日、プロジェクトの一環として、ニューヨーク市立大学の教授霍身義浩氏を
講師に招いた。
彼の指摘は大変おもしろかった。
たとえば、社会資本に「オールド」と「ニュー」があることを日本の政治家は
わかっていない、今や情報インフラこそもっとも必要な社会資本である、にも
かかわらず、いつまでたっても「道路や橋」だと思っているうちに、日本経済は時代の潮流
から取り残されようとしている等々。まさに至言である。
●この霍見教授を講師として招聘したのが、東北大学工学部の大見忠弘教授。
大見教授は昨年8月、参議院の経済産業委員会に参考人として来てくれた。
その時の話が大変示唆に富み、やがて必ず再訪したいと思っていた。
霍見先生と大見先生のお二人に仙台であえるのである。
こう思った瞬間、万難を排して仙台に行こうと決めた。
●バス料金250円を払って、山の上の工学部前で下車。卒業後25年たってから
はじめて工学部の授業に出席した。
学生気分にもどって聴講3時間。
さらに講義後、名誉教授室兼応接室で大見先生からの話を2時間。
しばらくぶりに知的興奮をたっぷりと味わってきた。
●特に大見先生の話にはある意味でおおきな衝撃を受けた。
日本の半導体産業の危機的な状況は私の認識を根本から変えた。
●半導体は「産業のコメ」と呼ばれている。
かつて日米半導体協定が結ばれたのは1985年。
あの時は、アメリカの半導体産業を日本が圧倒していた。
そして政治的な圧力で、日本での米国産業のシエアを20%保証する等の譲歩を行った。
● 多くの日本人の半導体産業についての認識は、実はあの時でストップしてしまったの
だろうか。
優秀な日本の技術力はアメリカを圧倒した、、、等々の技術信仰、
それはいまでもなんとなく続いているのではなかろうか。
● しかし、私たちが成功の美酒に酔っている間に、アメリカは必死の思いで反転攻勢の努力を
続けていたのである。
例えばあのインテル社もそのひとつである。
●いまや多くのコンピューターにはってある「インテル インサイド」のマーク。
インテル社の高度集積回路「ペンティアム」は世界のコンピューターを支配している。
しかし、そのインテル社はも、実は1980年代の後半には倒産の危機にあったことを
記憶している人は少ない。
この瀕死のインテルを救ったのが実は大見忠弘氏である。
●1987年秋、彼は訪米し10日間インテルを指導した。
彼が中心になって作ったスーパークリーンルームは、科学の実験室をそのまま製造ラインに
転化したようなものである。
そして半導体のような微細な製品をうみだすに必須の環境であった。
●当時のアメリカの常識は、半導体のようなミクロの製品を作る場合、歩留まり率が
100%(=不良品ゼロ)などは絶対ありえない、せいぜい6割から7割の歩留まりで
充分だとするものであった。
しかし、オオミは100%を追求し、みずから完成したラインを作ればそれは可能だと
宣言した。
● はじめは、「フー イズ オオミ?」と疑問のまなざしであったインテルの最高の技術者たち。
しかし3日くらい過ぎてから彼らの態度は急変した。
最後は誰もが疲労困ぱいになり真っ直ぐに歩けないような状況に。
そして、このときから2年後、インテルはペンティアムの前身である「486」という製品
を完成するのである。
●その大見教授の話によると、いまや日本の半導体産業は凋落の一途をたどっているとのこと。
1988年には世界シエアの52%あったものが、10年後の98年には26%に半減。
そして大方の予測によれば、2003年後には15%を切り、台湾にも抜かれるような状況
になるという。
● これはシエアだけの問題ではない。
技術的に言っても、たとえば、産官学共同プロジェクトで2000億円の予算を組み
5年後にようやく製品化を目標にしている超集積回路を、台湾のトップ企業にあっては、
2年後に発売すると公表しているとのこと。
技術的にもだいぶ遅れをとってしまっているようだ。
● さらに日本が強いと言われている「液晶」であるが、ここにも台湾や韓国の急激な追い上げ
が迫っている。
人件費がやすい、諸物価が安いからなどの理由よりもむしろ、日本が技術革新を怠っている
間に、台湾などが製造工程の簡略化に成功し、大幅なコスト削減を可能にしたことが
大きな要因である。
●集積回路とディスプレー、この二つこそコンピューターの2大要素である。
この二つの局面でわが国の技術が大きく後退しつづけている現実を思い知らされた。
まさに21世紀の産業・経済はコンピューターなしでは考えられない。
とするなら、、、「危うし日本」と言わざるを得ないのである。
●いま東北大学の大見研究室は、多面体シリコンの技術の開発に成功すると同時に、
80年代では夢とされていた3次元大規模集積回路の開発に成功している。
微細化の極限まで行きつくために解決しなければならない多くの問題がある。
たとえば大規模な集積回路をまわしながら消費電力は出来るだけ押さえねばならないと
いった二律背反の技術的課題がある。
なぜならミクロの世界では、発熱自体が雑音となり誤作動の原因となるからである。
このような極限の技術的課題を克服し、回路を何層にも重ね、その間にヘリウムガスを
充填し、熱を逃すスルーホールを作り、言うならばミクロの電子回路の多層ビルを完成して
いる。
● しかし、今のところ日本の産業界の反応はきわめて鈍いそうだ。
そして、コンタクトがあるのは海外の企業ばかり。
大見教授は、日本の企業が限りなく現状維持的になっている現状や、失敗を恐れ、挑戦する
勇気を失おうとしている社会風潮を、おおいに憂えていた。
成功の酔いから一刻も早くめざめないと、科学技術立国どころか技術後進国になりかねない
瀬戸際に来ているのは間違いない。
●最後に、大見さんの「産々学々」の提案を紹介する。
「理論限界に近い製品を大量に生産する」、これがこれからの先端技術の宿命である。
もはや経験と勘にたよったもの作りでは、先端産業たりえないのである。
そして、もう一つ指摘すれば、先端的な技術革新は企業の研究室からは生まれづらく
なっているということである。
なぜなら、企業は常に顧客への供給義務を負っている。そのために現状の技術が既存の
生産ラインにどうしても拘束される。
したがってどうしても現在の技術を出発点として将来を展望する傾向が強くなる。
不連続な、今までの技術とは全く異なった発想の新技術の創出は、企業というよりも、
コストや収益に縛られず、つねに教育という原理原則に立った思考を要請される大学にこそ、
ふさわしいと言える。
● 大学が新技術を創出し、企業が実用化する、このような取り組みが重要である。
大学と大学が連携し、また産業界も危機感をもって必死の自己革新に取り組む。
そして政治は、産学官を統合するリーダーシップを発揮しつつ日本の危機を乗越えて
いかねばならない。
●借金王とうそぶく総理の、実態のない楽観主義に惑わされてはならない。
本当にいま、わが国の未来は危機的な状況にある。