国会通信 No.440
【憲法改正とパンドラの箱】
2000/5/8 (マンデーレポート第440回の要旨)
【先週の出来事】
■1日(月)
8:00〜9:30 マンデーレポート第439回。
■2日(火)
11:00〜12:30 経済ジャーナリストの岸宣仁さんの取材。
「知的財産権PT」の活動について。
13:00〜16:00 憲法調査会。日本国憲法の制定に携わったGHQの
関係者を参考人として質疑。
■3日(水)
10:00〜17:00 スピリット2000集中街宣活動。
栃木4区の小山市内を中心に行った。
参加者 4区衆議院候補予定者 中井豊
渡辺県議 小口市議。
■4日(木)
10:00〜17:00 スピリット2000 集中街宣活動。
栃木5区の佐野市を中心に行った。
参加者 5区衆議院候補予定者 福富健一
寺内・山口市議。
■6日(土)
13:00〜18:00 スピリット2000 集中街宣。
栃木1区の宇都宮市内を中心に行った。
参加者 1区衆議院候補予定者 水島広子
阿部県議、石井、真壁市議。
■7日(日)
8:00〜10:00 鬼怒川河川敷 清掃奉仕。
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【憲法改正とパンドラの箱】
● 5月2日に行われた憲法調査会は、憲法制定に携わった二人の参考人を招き、興味深い
話を聞いた。
●出席した二人の参考人は
ベアテ・シロタ・ゴードン女史(77歳)とリチャード・A・プール氏(81歳)。
二人とも当時の連合軍最高司令官総司令部(GHQ)の民政部に所属、
憲法草案の制定に携わった。
●日本国憲法の草案を作成するための民政局の組織は以下のようになっていた。
最高司令官(ダグラス・マッカーサー元帥)
↓
民政局長(ホイットニー准将) |―立法権に関する小委員会
↓ |
↓ |―行政権に関する 〃
↓ |
↓ |―人権に関する 〃
運営委員会(ケーディス陸軍大佐)――――|
|―司法権に関する 〃
|
|―地方行政に関する〃
|
|―財政に関する 〃
|
|― 天皇・条約・授権規定に関する〃
今回、参考人として招致された二人のうち、
ベアテ・シロタ女史は人権に関する小委員会に所属し、
リチャードプール氏は天皇条約等小委員会に所属していた。
●二人の略歴は、以下のとおり。
◆ベアテ・シロタ・ゴードン氏(Mrs. Beate Sirota Gordon、当時調査専門官)
1923年ウィーン生まれ。ミルズ大学出身。
5歳の時から、有名なピアニストの父レオ・シロタ氏とともに10年間日本に滞在。
民政局では政治問題を担当。日本国憲法起草の際には、人権に関する小委員会に所属、
女性の権利を明記することに尽力。憲法24条(=「婚姻は両性の合意のみに基づいて
成立する」)の母と言われている。
その後、アジア財団などで日本を含むアジアの舞台芸術普及に寄与し、
平成10年に勲四等瑞宝章を受章。夫は当時GHQで通訳官だったジョセフ・ゴードン。
◆リチャード・A・プール氏(Mr. Richard Armstrong Poole、当時海軍少尉)
1919年4月29日横浜生まれ。4代前の先祖は函館におかれた初代の米国総領事。
6歳まで日本で育つ。親戚は日本在住者が多かった。
ハヴァフォード大学で政治学を専攻、卒業後ワシントンD.C.のターナー外交学校で
学ぶ。
民政局では外事担当。日本国憲法起草の際には、天皇、条約、授権規定に関する
小委員会の責任者。
昭和天皇と誕生日が同じ4月29日。それが天皇等小委員会の責任者となった
裏話もあるという。
その後は国務省に長く勤務。
◆もう一人のミルトン・エスマンさん(現コーネル大学政治学名誉教授)は、
行政権に関する小委員会に所属していたが、今回は病気のため出席できなかった。
●二人の参考人の発言内容の詳細は、やがて参議院のホームページに紹介されるから
(→http://www.sangiin.go.jp/japanese/kenpou/index.htm)
ここでは省略する。
●二人の共通点は、押し付け憲法論に対する反発である。
その時点での諸外国の多くの憲法を参考にしている事や、
日本の各界各層の意見を参考にし、日本の未来のためを
考えて草案を作ったのだから、押しつけなどではないとの意見であった。
●しかし、憲法改正に対する見解は、異なっていた。
ベアテ女史は、現在の日本国憲法は、米国憲法よりも数段優れた憲法であるので
改正する必要はない。個々の条文の解釈で十分に対応できるはずである、
と主張していた。
一方、プール氏は、憲法9条の1項については改正の必要はないが、
戦力の不保持を規定した2項については、改正したほうが良いとの見解であった。
その理由は、現在の自衛隊の実態は明らかに軍隊であり、
文言解釈上のあいまいさを取ったほうが良いからとした。
そして自衛のため及び国連の平和維持活動に限定し、国際的な合意の上で活動を
することを前提とした軍隊を持つよう明記したほうが良いと述べた。
●9条についての考え方は、私もプール氏と同じである。
ただ、憲法の文言で縛りをかけるのみで十分と考えるのは、
少々楽観的過ぎるのではないだろうか。
なぜかと言えば、すべての戦争は「自衛ないし平和の創造」を大義名分にして
行われているからである。それは太平洋戦争でも同じであって、
当時の戦争指導者は「大東亜共栄圏の確立」という「平和共存」を戦争目的に
掲げていたのである。だから、憲法の文言で、縛りを欠けるだけでは不充分だし、
9条改正についてのアジアの諸国の信任を得るのは困難であろう。
● 9条改正について、プール氏自身も、アジアの諸国の理解を前提としている。
しかし、その「理解」を得るための方法として、憲法上の制約規定(=国連の決定とか
平和維持とか)を掲げるのみでは、かつての交戦国の理解を得ることは困難である。
●だからこそ、私は9条改正の前提として、戦争の歴史のきちんとした総括が
必要であると考えてきた。その持論は、今回の参考人の話を聞いても変わらなかった。
●「狂信的な軍国主義から日本を救え。」このテーマこそ、
当時のGHQの憲法草案作りに加わった民政局の関係者のすべてに
共通していたものである。そしてこの観点は、今も変わっていない。
ことばを変えれば、日本の民主主義のレベルについての、
本能的な危惧は、いまも持ち続けているように感じられた。
●憲法改正自体に消極的なベアテ氏も、また9条改正を容認しているプール氏も、
実はわが国の民主主義についての本質的な不安感は、今も変えていないのではないか。
私はそんな印象を受けた。それはプール氏が「パンドラの箱」を例に挙げた時である。
●プール氏は、憲法改正をする仕方について、まずは国民の広い意見を聞きながら、
立法的補充や、司法的解釈で対応すべきであり、また憲法改正をするについても
個々の条項の改正を検討するほうが良いと主張。
そして、全面的な改正は避けるべきである、
なぜならそれは「パンドラの箱」を開けることになりかねないからと結んだ。
●プール氏の言う「パンドラの箱」とは何か。
彼自身その事にさらに触れなかった。皆まで話さずとも分かってくれると思ったのか、
あるいは話す事が失礼にあたると考えたのか。
またこのことを質問した委員もいなかったので、
「パンドラの箱」の内容はあきらかにされなかった。
しかし、神々が、あらゆる災厄を封じ込めたのが「パンドラの箱」である。
現憲法が封じ込めた、日本の災厄とはなんなのか。
この言葉を聞いたとき、
プール氏自身も、わが国の民主主義のもろさをまだまだ心配しているのだなと感じた。