国会通信 No.442
【森総理の危険な本音】
2000/5/22 (マンデーレポート第442回の要旨)
【先週の出来事】
■15日(月)
8:00〜9:30 マンデーレポート第441回。
13:00〜14:00 本会議。
14:00〜17:00 金融特別委員会。
■16日(火)
10:00〜13:00 交通情報通信委員会。
道路交通法 タクシー臨時措置法 改正案 について政府質疑。
17:30〜18:30 ニューヨーク在住のジャーナリスト下村健一氏。
在外邦人投票について民主党の対応を話す。
今回から初の在外投票が始まる。なんとか機会を作って
民主党のアピールをしたいと考えている事等を話した。
19:00〜19:30 オーストラリア大使館主催の「高久さんを励ます会」。
同氏は、国際交流センターに勤務。若手政治家の国際交流計画を
担当した。私も同氏とともに豪州2回、米国1回、訪問。
このたび独立し、国際交流のアドバイザー的な仕事に乗り出す。
今後の健闘を心からお祈りしたい。
■17日(水)
9:30〜10:00 超党派の音楽議員連盟。特別委員会。
新たな議員立法として「芸術文科振興基本法」に取り組む
ことを決定。民主党側の幹事役になった。
10:00〜10:30
12:00〜14:00 本会議。
わが党の足立議員が総理の「神の国」発言の真意を質した。
これに対し、議長は、自民党の院内交渉係の要請に応えるかの
ように、突如「休憩」を宣言。
議長自ら、森総理の答弁拒否を認めたようなもの。
これは前代未聞の珍事である。
その後、自民党が全面的に陳謝。再開。
なんと愚かな対応か。
かえって総理発言の問題性を際立たせる結果。
14:30〜16:30 憲法調査会。石毛、暉峻 両参考人への質疑。
■18日(木)
7:45〜9:00 米国 製薬工業協会 会長 ロバートウイルソン氏と意見交換会。
同氏は、ジョンソン&ジョンソンの会長でもある。
私は、ゲノムと特許の問題で発言。
10:00〜14:00 交通情報通信委員会。 道交法タクシー特措法改正案。
今までの需給調整規制を撤廃。社民と共産が反対。賛成多数で可決。
過度の競争の弊害が出ないよう適正な運用をするなどの
13項目の附帯決議を行った。
19:00〜19:30 日本自動車工業会の平成12年度通常総会後の懇親会に出席。
新会長の奥田氏に挨拶。「まだバイクで通ってるんですか」などと
言われた。それは事実だが、奥田さんが私のバイク登院のことを
記憶していたとは、、、、。少しびっくりした。
20:00〜21:00 東京バッハ合唱団の練習。
高田馬場のシロアム教会まで、バイクを疾駆。ヨハネ受難曲の練習に。
■19日(金)
10:00〜12:45 参議院本会議。あがり法案の採決。
民主党の福山君が、再度総理の「神の国」発言を厳しく追及。
発言の撤回を求める。
13:00〜16:30 金融特別委員会。
■20日(土)
10:00〜11:00 福富健一 栃木5区候補予定者の事務所開き。
14:00〜17:00 水島広子と街宣。宇都宮市内。
共産、社民の車と各所で鉢合わせ。
17:00〜20:00 選対会議。
■21(日)
9:30〜10:00 西地区 運動会。開会式で挨拶。
12:00〜13:00 同上。昼休みに水島広子を引き回し。
18:30〜19:30 栃木県柔道整復師会 通常総会で挨拶。
【日本は天皇を中心とした神の国?】
■ 森首相は15日夜、東京で開かれた神道政治連盟国会議員懇談会の結成30周年記念
祝賀会であいさつし、「日本の国は天皇中心の神の国であるということを国民に承知
してもらう、その思いでわれわれ(同懇談会)が運動して三十年たった」と述べた。
■まず疑問なのは、なぜそんな会に出席したのかである。
総理大臣は日本国を代表する行政府の長である。
一方、上記議連は、神道のバックアップをするのを目的に設立された。
一宗教の政治的なバックアップを意図した議員連盟で、内閣総理大臣として
挨拶すること自体、さまざまな誤解を呼ぶおそれは十分にある。
そんな会に出席して挨拶すること自体、軽率としか言いようがない。
■正確を期すために発言の詳細を、紹介する。
『、、、、、、最近、村上正邦自民党参院議員会長をはじめ、皆さんの努力で「昭和の日」が
制定された。天皇在位十年のお祝いもさせていただいた。ややもすると、今、私
は政府の立場だから、(政府側が)及び腰になることをしっかり前面に出して、日本の
国、まさに天皇を中心としている神の国であるということを国民の皆さんに承知しても
らう。その思いで我々が運動して三十年がたった。同期が比較的残っているのも、神様
がちゃんと当選させてくれているのではないか。
人の命というのは、お父さん、お母さんからもらったものだ。端的に言えば、神様か
らいただいたものだ。神様からいただいた命は、まず自分の命を大切にしなければなら
ない。神様であれ、仏様であれ、親鸞上人であれ、日蓮であれ、神武天皇であれ、宗教
は自分の心に宿る文化だから、もっと教育の現場で取り入れようと、なぜ、言えないの
か。信教の自由だから、触れてはならないのか。どの宗教の神も仏も大事にしようとい
うことを学校でも社会でも家庭でも言うということは、今の日本の国の精神論から言え
ば、大事でないか。 』 (読売新聞より)
■当初、森総理は自分の発言のどこが問題か、まったく理解していなかったようだ。
そして、「迷惑をかけたから誤るが、発言は撤回しない」と言う立場をいまもって変え
てはいない。憲法上の問題性をまったく無視しているとしか言いようがない。
しかし、この文章を見ても明かなように、憲法に違反した見解である事は明かである。
また、サミットの議長国の総理として、さらには天皇訪欧を目前にした総理として、
その政治的なセンスは致命的である。
■森発言の問題点
1 森発言のうち、問題の中心となっているのは上記の下線部分である。
そしてこの部分は以下の4つに分ける事ができる。
1)「日本の国、まさに『天皇を中心としている神の国』であるということを」
2)「国民の皆様に承知してもらう。」
3)「その思いで我々が運動して30年たった」
4)「同期が比較的残っているのも、神様がちゃんと当選させてくれているのでは
ないか」
2 1)について
言葉を素直に受け取れば、「日本の国は天皇中心の神の国である」といった考え方の
表明である。
まず「日本を天皇中心の国」と明言することは、日本国憲法の「国民主権主義」に
反するであろう。
明治憲法の「天皇主権主義」と本質的には変わりがない考え方である。
また「日本は神の国」と表現することは、わが国が神によって選ばれたとする
偏狭なナショナリズムの表明であり、戦前の神国思想を思い起こさせる。
そして、 これもまた、憲法前文に流れる、人類の普遍的な原理としての平等主義
に反することは明かである。
もちろん、総理が一政治家としてこのような考えにたつ事は自由である。
しかし、総理大臣は行政府の長であり、また憲法尊重義務を持つ事も明かである。
したがって、このような発言を行う事自体、総理の資質の欠如を示す以外の
なにものでもない。
3 2)、3)、4)、について。
私自身として、一番の恐怖を覚えたのは、実は2)の部分である。
「国民の皆様に承知してもらう。」
これは恐るべき言葉である。
国民を見下ろし、国民を一つの考え方に隷属させようとするこの言葉こそ、
森総理の危険な性格をあらわしている。
森総理のいう教育改革が、このような感性で行われたら大変な事になる。
教育勅語を折に触れて口に出す森総理の本質はある意味で一貫しているのだ。
しかも、3)「その思いで我々が運動して30年たった」とまで言及している。
総理周辺は、この部分を指摘して、議連の活動経緯を説明したに過ぎず、
総理自身の信条を述べたものではない、したがって問題にはならない、
などと説明している。
しかしそれはまったくの誤りである。
なにしろ、「運動のただ中に自分がいて」「30年間も運動しつづけてきた」と
自ら語っているのだ。運動の単なる傍観者ではないのである。そして、
30年間も運動を続けてきたのだから「天皇中心の神の国」の実現は、
森総理の重要な政治信条であるはず。まさに、森総理の本音は、現憲法の
価値観を拒絶してきたのである。
さらに、4)に言うとおり、このような考えかたのおかげで、同期の中でも
選挙に勝ち残ってきたとまで言っている。「神様のおかげ」の「神」は、
ここでは神頼みの神でもあるのだろう。なんという軽薄さであろうか。
4 憲法19条と20条
憲法20条2項は「何人も宗教上の行為を、、、、強制されない。」と定めた。
さらにその大きな前提として憲法19条は「思想及び良心の自由は、これを
侵してはならない。」と定めている。
以上の通り森総理は、「天皇を中心とした神の国である」という特定の
思想ないし宗教的な信条を、「国民の皆様に承知してもらう。」よう30年間
やってきた、そして今までの政府は及び腰だったが、自分は前面に出して
行きたい、とまで言及している。これは明かに、国民に対する
「思想ないし宗教的信条」の強制である。森総理の発言は、明らかに
憲法20条ないし19条に違反しているのだ。