国会通信 No.671
【戦後60年決議案の「後退」は許せない】
2005/8/1 (マンデーレポート671の要旨)
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【1】戦後60年決議案の「後退」は許せない。
【2】10年前の「50年決議」をふりかえる。
【3】村山談話の再確認を。
【4】先週の主な活動
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【1】 戦後60年決議案の「後退」は許せない。
●27日の次の内閣(ネクストキャビネット=NC)、
議運レベルで自公民で合意したとされる、戦後60年決議の案文が明らかにされたが、
その内容については、かなり問題がある。
とくに、太平洋戦争の歴史認識について触れた部分は、
「わが国の過去の一時期の行為がアジアをはじめとする
他国民に与えた多大な苦痛を深く反省」となっており、
50年決議にあった「植民地支配」や「侵略的行為」などの表現はなく、
その代わりに、「過去の一時期」といった他人事のようなあいまいな表現、
「行為」という一般的な表現、「多大な苦難」という抽象的な表現になっている等、
10年前の戦後50年の際の衆議院決議から著しく後退している。
●NC席上、まず安保担当の前原誠司衆議院議員が口火を切った。そして、
50年決議にあった「植民地支配」や「侵略的行為」の表現が落とされているのは問題で
あると指摘。
つづいて国土交通担当の菅直人衆議院議員も発言、50年決議の後に出された
村山談話に触れ、小泉総理自身も村山談話を前提にしていることを踏まえると決議の内
容は問題であると指摘。
続いて私も発言、自社さ政権の「3党合意」の際、50年決議を行うことを強く求めた
こと、そのうえで50年決議が行われたとの経緯を指摘、その内容を明らかに後退させて
おり、肝心な反省の主体もぼかされていて、国会決議としてはあまりにも不明確、とて
も賛成できないと明言した。その後岩国、松井各氏も問題点を指摘、結論はでず、結果
として決議への対応については政調会長に一任することとなった。
結論は先送りとなった。
●今年の8月15日は敗戦60年。10年前の95年には、衆議院で戦後50年の
国会決議が行われた。それから10年。その節目の年に何らかの国会決議をすべき
なのは当然である。
●しかし、議運レベルでまとめられたとされる60年決議の内容には、さまざま問題点が
ある。上記NCの論議どおり、戦争の歴史的な評価もあえて不鮮明にしており、戦争に対
するわが国の主体的な自己反省の言葉もなく、「国際社会で大きな役割を果たす未来志
向」というスローガンに隠れての責任回避の姿勢が露骨に表れている。これではとても
賛成できない。
●また8月15日がやってくる。10年一日の如し。95年の戦後50年から10年たって、
歴史の総括の問題はまだ未解決である。それどころか、小泉さんになって、状況はさら
に悪くなっている。ポスト小泉の一番手とされるのが安倍晋三氏だから、もし彼になれ
ばさらに状況は悪化するだろう。
●アジアの中で孤立し、身を寄せるはずのアメリカもジャパン・パッシング。
アメリカは、当然頭越しで超大国中国と直接対話するに決まっている。
日本は、アジアを立脚点とするしかないのである。そんな、この国の基本的な前提条件
をわきまえぬ愚かな政治家たち。すべての国家戦略の基本に「自国に対する信頼の
醸成」があることを銘記すべきである。
【2】 10年前の「50年決議」をふりかえる。
<50年決議の内容>
●いまから10年前の95年6月9日、自社さ村山政権のもとで、複雑な分裂投票の
結果成立したのが、「歴史を教訓に平和への決意を新たにする決議」と題する衆議院の
戦後50年国会決議である。
●まずは、決議全文は以下のとおりである。
戦後50周年国会決議 衆議院本会議 1995年6月9日
歴史を教訓に平和への決意を新たにする決議
「 本院は、戦後50年にあたり、全世界の戦没者及び戦争等による犠牲者に対し、
追悼の誠を捧(ささ)げる。
また、世界の近代史上における数々の植民地支配や侵略的行為に思いをいたし、
我が国が過去に行ったこうした行為や他国民とくにアジアの諸国民に与えた苦痛を認識
し、深い反省の念を表明する。
我々は、過去の戦争についての歴史観の相違を超え、歴史の教訓を謙虚に学び、
平和な国際社会を築いていかなければならない。
本院は、日本国憲法の掲げる恒久平和の理念の下、世界の国々と手を携えて、
人類共生の未来を切り開く決意をここに表明する。
右決議する。 」
●決議も決して完璧なものではなかった。しかし、植民地支配、侵略的行為、そして
わが国が「こうした行為を行ったという」行為主体の明記など、相当踏み込んだ表現で
あり、この決議後2ヶ月して行われた村山談話と総合すると、小泉政権も引き継ぐべき
正統的な歴史認識がここに明らかにされていると評価すべきである。
●このことを前提に今回議運でまとめられたという決議案を読めば、前記のとおり
後退しているのは明らかである。
<50年決議をめぐる複雑な政治状況>
●通常国会決議は採決なしの全会一致型が多い。しかし50年決議は、全会一致では
なかった。それどころか、その投票結果は複雑に割れた。
まず、与党の自社さとも賛成と欠席で分裂、共産党は反対、さらに新進党は欠席した。
そして欠席者の数は賛成者よりも多かった。
さらに、参議院では反対意見が強く、決議自体が見送られたように記憶している。
《 戦後50年決議 衆議院の採決結果 》
○出席賛成者
自由民主党 146人
日本社会党 58人
さきがけ 16人
計 230人
× 出席反対者
日本共産党 14人
△ 欠席者
新進党 171人
自由民主党 55人
社会党 14人
さきがけ 4人
民主の会 5人
無所属 数人
計 249人以上
衆議院議員現員 509人
(欠席者は『朝日新聞』6月10日付による)
< 50年決議についての私の思い >
●この決議については私自身感慨深いものがある。
というのも、苦い薬を無理やり飲み下すようにして参加した自社さ政権。
その最大の目的は実は「50年決議」だった。
●私にとっては、93年に離党した自民党と1年もたたずに連携するのはとてもつらい
選択だった。その結果として、自社さ政権を作ることを正当化する最大の理由を、
戦後50年に際して自民党も巻き込んだ明瞭な歴史総括のアクションを起こすことに
求めたのである。
●その間の苦渋の記録は
95年3月20日 国会通信198号「戦後50年問題について」
〃6月5日 〃 207号 「戦後50年決議について」
〃6月12日 〃 208号 「残念な戦後50年決議」
〃8月14日 215号 「95年アクションプログラム」
に触れてあるので、私のホームページをチエックしていただきたい。
●そんな気持ちだったから、まず村山政権発足時の94年6月の際も、
出発点の「三党合意」の内容として翌年の95年に戦後50年決議を行うことを
明記するよう強く求めた。戦後50年プロジェクトチームのスタート時の座長も
勤めた。その後建設政務次官となったので座長は荒井聡議員にバトンタッチしたが
この問題については新党さきがけの中でも強硬派の一人として発言を続けた。
< 隠れた意図 >
●もうひとつ明らかにすると、このことに強くこだわる隠された意図もあった。
それは、歴史問題を強烈に突きつけることにより、自民党のハト派とタカ派を
分解し、新たな政界再編の分水嶺にしようとの意図であった。
ただ残念ながら、その思いはさきがけ全体の共有するものにはいたらなかった。
そのことは、決議の投票行動でさきがけ自体が分裂した結果でも明らかである。
●ただ、究極の政界再編の分水嶺は、歴史認識にあるとの思いは変わらない。
郵政民営化の論議で自民党内にも新党論が出てきているが、こちらのほうが
政界再編のメルクマールとしてはずっと重いように感じる。
【3】 村山談話の再確認を。
●50年決議が衆議院で可決された6月9日から2ヶ月たった8月15日、
当時の村山総理は「戦後50周年の終戦記念日に当たって」と題する談話を
出しました。
●私は、批判の多かった自社さ政権ですが、その最大の成果は「50年決議」と
村山談話であると考えています。小泉総理自身すら時に村山談話を引用し、
この談話をもって自らへの批判の弾除けに使っているのですから。
●私は、小泉総理自身も引用する村山談話こそ、わが国の公権的な歴史認識の
最低水準としてきちんと位置づけられるべきものであると思います。
●そんな観点に立ち、改めて村山談話のエッセンスの部分を掲載します。
「戦後50周年の終戦記念日にあたって」(いわゆる村山談話)
平成7年8月15日
前略
いま、戦後50周年の節目に当たり、われわれが銘記すべきことは、来し方を訪ねて歴
史の教訓に学び、未来を望んで、人類社会の平和と繁栄への道を誤らないことでありま
す。
わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危
機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対し
て多大の損害と苦痛を与えました。私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、疑う
べくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し
、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。また、この歴史がもたらした内外すべて
の犠牲者に深い哀悼の念を捧げます。
敗戦の日から50周年を迎えた今日、わが国は、深い反省に立ち、独善的なナショナリ
ズムを排し、責任ある国際社会の一員として国際協調を促進し、それを通じて、平和の
理念と民主主義とを押し広めていかなければなりません。同時に、わが国は、唯一の被
爆国としての体験を踏まえて、核兵器の究極の廃絶を目指し、核不拡散体制の強化など
、国際的な軍縮を積極的に推進していくことが肝要であります。これこそ、過去に対す
るつぐないとなり、犠牲となられた方々の御霊を鎮めるゆえんとなると、私は信じてお
ります。
後略
【3】先週の主な活動
■7月25日(月)
08:00 第670回マンデーレポート
10:30 喜連川少年院視察
13:00 中央児童相談所視察
15:00 県庁保健福祉部児童家庭課視察
17:15 関東信越税理士会栃木県連・栃木県税理士政治連盟
懇親会
18:00 民主党栃木県連三役会議・第3回幹事会
■7月26日(火)
08:00 法務・外務・国土交通部門合同会議
★ 愛知万博の期間中、台湾からの短期旅行者に対してはビザ免除を
している。この特例を期間後も継続する趣旨の法改正。台湾には
正式な国交がないため、改めた立法が必要となる。中国や韓国との
バランス論や、現在副大臣問題で審議中断している法務委員会の
状況等について意見が出たが、最終的には賛成で意見集約。
10:30 河田保育園園長面会
11:00 玄葉選対委員長と面会。
★衆議院栃木選挙区 3区・5区の追加公募について協議。
参議院での郵政法案の結果いかんによって、解散総選挙
が行われてもおかしくない状況。急遽、候補者が決まっていない
3区・5区について第2次公募をすることを決めました。
期間は7月27日から8月5日までとすることに決定。
1次、2次の結果を総合して両選挙区の候補者を最終決定する
予定です。
11:30 北関東国会議員団会議
■7月27日(水)
13:00 民主党憲法調査会役員会
★焦点となっている第5小委員会(安全保障関係)について
小委員長の中川正春代議士の報告を受け、今後の運び方に
ついて議論。
15:00 次の内閣 閣議
★ 議運で自公民の合意が整った衆議院での決議案が
説明された。私は決議すべきでないと主張。再度協議することに。
(上記【1】から【3】)
16:30 民主党憲法調査会総会
17:00 「小泉政権の郵政民営化法案」廃案を目指す国民集会
18:00 国会コーラス愛好会 練習
■7月28日(木)
08:00 法務部門会議
09:30 法務部門・人権侵害救済法PT合同会議
■7月29日(金)
11:30 林虎彦氏叙勲受章祝賀会
12:00 議員総会
■7月30日(土)
18:30 躍進!民主党県連の集い2005
★東日本ホテル3階の会場はかなり広い。そこが満杯となる盛況。
代表代行の藤井裕久氏の記念講演。衆議院候補予定者の水島、
福田、山岡の3氏から決意表明。猛暑の中 駆けつけていただいた
皆様、パーティー券のご協力をしていただいた皆様、本当に
ありがとうございました。