国会通信 No.713

【谷垣さん 出馬の感想】

2006/7/31 (マンデーレポート713の要旨)


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 【1】谷垣さん 出馬の感想 【2】総裁候補に読んでほしい、    半藤一利さんの「昭和史」 前後編。 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 【1】谷垣さん、出馬の感想 ●谷垣財務大臣が自民党総裁選挙に名乗りを上げた。国会も閉会し  政治ネタも品不足気味、マスコミはいっせいに谷垣大臣を取り上げている。 ●実は県議時代、谷垣さんに面会をお願いしたことがあった。  彼は司法修習では34期。私は33期。受験仲間で彼と同じクラスだった友人に  無理やり頼みこみ、弁護士から国政へ飛躍した先輩としての話を聞かせていただいた。  縁もゆかりもない私に、忙しい時間を割いてくれるくらいだから、  人柄は申し分ない。 ●さらに、消費税10%を明言しての出馬は思い切ったものである。もちろん  将来的な話ではあるが、言葉は独り歩きする。先行する官房長官との大差を意識  して大胆戦術による差別化を狙ったものであろうが、そこに、谷垣さんの  将来にかける強い意志が脈々と伝わってくる。健闘を期待したい。 ●ただ、閣僚のままでの出馬ということで、小泉路線の継承なのか転換なのか  はっきりしないのが、ある意味で谷垣さんらしい。批判をするにしても、違いを言うに  しても、あくまで遠慮気味。大胆な政策転換という政治のダイナミズムは最初から期待  できない。与党の立場を前提にしての出馬だから当然限界はあろうが、最初から「空騒  ぎ」に終わりそうな気配が濃厚。そこを演出で補おうとするマスコミのあざとい狂奔ぶ  りが最初から白々しく感じられてくる。 ●「継承」を訴えるなら、小泉5年間の明快な肯定的な評価を明かにすべきである。  「転換」を訴えるなら、閣外に飛び出すくらいの迫力のある争点作りをすべきである。  いずれにしても、中途半端な争点のはっきりしないなかで、マスコミの空疎な演出過剰  の政治ショーが8、9月の両月にわたって続くことになりそうで、うんざりする。 ●ただ、この状況が民主党にプラスかどうかは分からない。  小泉マジックの味噌はなんといっても、本心でもないのに「自民党をぶちこわす」と  言い切った白々しい大胆さにある。小泉さんは「政権交代もどき」を演出することの天  才。このことで、与党支持者の中にも当然に存在している政治的な不満感や閉塞感を、  それなりに解消、返す刀で、野党へ政権交代することの期待感を巧妙に冷ましてしまう。  この巧妙な戦術は最初から最後まで巧みだった。 ●国民はいつも政治のドラマを待っている。しかし、本格的な政治変革までは  実は望んでいないのではないか。それが私の感じている、日本国民の「擬似」政権交代  願望である。その辺の機微を知り尽くしているのが小泉さんだった。したがって、国民  のこの擬似的な政権交代で良しとする風潮を乗り越えられるかどうかは、小沢民主党に  とっても実は最大の難関だと感じている。 【2】総裁候補に読んでほしい、半藤一利さんの「昭和史」 前後編。 ●ようやく半藤一利著の昭和史戦後編を読了した。その前に呼んだ戦前編と  あわせて最近読んだ本では読後の満足感が大変深かった。この1年間で  読んだ本のうち、一押しである。ついでに上げれば「マオ」上・下もお勧めの  本である。 ●私もご他聞にもれず、現代史はあまり精通していない。歴史といえば、  日清・日露戦争くらいまで。日露戦争以後の敗戦、そして現代に続く戦後史については  、関心のあるところはやたら詳しく、その一方で、通史的な知識や見方が極めて足りな  い。あるいはアンバランスである。いうならば「坂の上の雲」的な歴史的な知識で止ま  っている。その私の弱点を補ってくれているのが半藤さんの数々の著作であり、ここ数  年も「ノモンハンの夏」、「『真珠湾』の日」など読むたびに教えられている。「昭和  史」も彼の代表的な著作になることは間違いないと思う。それに語りをベースにしてい  るからとても読みやすかった。 ●戦後編に限って印象に残ったエピソードを独断と偏見で挙げてみたい。  指摘は筆者。著作自体の格調・品格を貶めることになったらお許しください。 ○ 慰安婦募集の指示が出たのは終戦の3日後。 (p16)   内務省橋本警保局長、各府県の長官(知事のこと)に占領軍のための   サービスガールを集めよと指示(昭和20年 8月18日)。   (日本人の変わり身の早さ、変幻自在の官僚制度、、、筆者) ○警察予備隊7万5千人の意味。(p328〜)   マッカーサーは昭和25年7月8日付の吉田首相あて書簡で警察予備隊設置を指示。    そのとき指示(書簡では「認可」と表記)された人数は、警察予備隊が7万5千人、   海上保安庁が8千人。これが書簡に明記されていた人数である。  ところで朝鮮戦争が始まったときの日本本土にいた米陸軍の総兵力は ほぼ4個四団  分の7万5千人。全員が朝鮮半島に行く米軍の空白を埋めるものが警察予備隊であっ   たことは、その数字上も明白。  (憲法9条は、マッカーサーにとっては、一時の政治的所産でしかないのか?、、、   筆者) ○警察予備隊計画を推進したのはGHQ参謀第2部。そして、それに協力したのは  厚生省の第1復員局と第2復員局。(p329〜)  戦後、陸軍省は厚生省第1復員局に、海軍省は第2復員局となった。少尉以上の職業   軍人が公職から追放されたが、例外的に両復員局には優秀な参謀たちが残った。  東条英機首相の元秘書官3人、服部卓四郎、西浦進、井本熊雄などが中心。  戦争中の作戦部長だった服部大佐の名前をとって服部機関といわれた。再軍備の研   究を精力的に進めていたといわれるが、前記書簡の1ヵ月後の8月9日、民生局側から   の反発を受けて、マッカーサーは服部機関の解散を指示。彼らは、警察予備隊から 排  除されたが復員局には在籍を続け、のちに防衛庁戦史室長などとなる。   (靖国合祀問題と厚生省復員局の関連が指摘されるが、復員局の意味が少し分かっ   てきた。) ○ A級とBC級の違い。   A級の裁判権は極東国際軍事法廷。(戦争相手国の11カ国)   BC級の裁判権は、虐待の対象となった捕虜や住民の存在する国。   A級は28人。(陸軍15人・海軍3人・いづれも参謀本部関係者なし。外交官5人。          文官2名。)          絞首刑7名。   BC級 対象人員 5702人。 死刑執行 948人。  (国別 死刑執行人数   オランダ 226人  英国   223人  豪    153人  中国   149人  米国   143人  仏    37人 フィリピン17人