国会通信 No.720
【テレビタックル政界スペシャル 収録】
2006/9/23 (マンデーレポート720の要旨)
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【1】TVタックル政界スペシャル 収録。
【2】「歴史家に任せろ」との安倍発言は詭弁。
政治家は「歴史の創造者」としての責任を。
【3】戦後50年決議と戦後60年決議の比較。
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【1】TVタックル政界スペシャル 収録。
●23日(土)午後3時15分 六本木のテレビ朝日スタジオ入り。
「たけしのTVタックル・政界スペシアル」第二部に出演、本番の
ビデオ取りを行いました。安倍晋三総裁が決定し、安倍内閣の骨格が
固まる25日の夜にオンエアする予定です。
●TVタックルには、国民投票法案についてのコメントが流された
ことはありますが、スタジオに生出演するのは今回が初めて。これ以前に
生出演したのは、はるかかなたの95年3月、建設政務次官のときのだった
ように記憶していますので、かれこれ11年ぶりの生出演と言うことになります。
●TVタックルは視聴率の高い番組ですが、そのオチャラケぶりには
個人的にはすこし抵抗感があります。当日も第1部は時代劇仕立てで、
自民、民主の名優・怪優の皆さんが活躍していました。政治を分かり
やすくするためにこのような手法を取ることの意義は大いにあると思います。
ただ、日本人が大好きな時代劇のお家騒動や、権力闘争パターンに矮小化することで、
現実政治の問題点が隠されてしまったり、さらには政治に対する嫌悪感をあおったり
するおそれも必ず潜んでいます。そんな、きわどい状況のなかで、
政治家として間違いのない対応をする自信はとてもありません。
しかし、第二部は、オーソドックスな討論仕立てなので出演依頼を了承した次第です。
●自民からは舛添、河野太郎、小野寺、民主からは原口、平岡、私、
国民新党から亀井、共産党からは小池といった各氏が出演、たけしさんや、
阿川さん、大竹まことさん、関谷さん、福岡さん、そしてジャーナリストの青山さんと
いうおなじみのみなさんと、2時間、安倍総理誕生直前での、靖国問題や憲法改正など、
様々な議論をしてきました。
●オンエアは25日月曜日の夜、第1部、第2部あわせて2時間のようですので、
2時間の出演時間も半分程度に編集されてしまうでしょうね。
テレビの場合、この編集作業が曲者です。細かなチエックができませんから、
発言の前提部分をばっさり切られて、発言内容がかなり捻じ曲げられることもあります。
出演するほうは、その辺も覚悟してのことではありますが、製作者の良識に
任せるしかないのが現状です。
●久しぶりの本番2時間ということで少々疲れました。しかし、言いたいことは外さずに、
できるだけ頑張ったつもりですので、ご覧の上ぜひご批判ください。
【2】「歴史家に任せろ」との安倍発言は詭弁。
●安倍晋三さんが、自民党総裁選挙で勝利しました。
しかし、議員票、地方票の7割を超えたいとする得票目標には
届きませんでした。
●どこかの新聞が書いていましたが、3分の2で勝ったことと、
3分の1の批判があったこと、この双方の重みをどうこなしていくか。
なかなか苦労するのではないでしょうか。
●そんな安倍さんには、どうも期待より懸念のほうが先に立って
しまいます。特に私がこだわり続ける歴史認識の問題について
この懸念はかなり高いものがあります。
●総裁選挙直前のテレビ朝日サンデープロジェクト、田原総一郎さんは
安倍さんに対して、歴史認識についての安倍さんの考え方を、執拗に質しました。
田原さんが、取り上げたのは村山談話についての安倍さんの評価でした。
●「憲法改正を進めるのなら、戦争の歴史をどう評価しているのか。
この点を明らかにせずして、憲法改正の議論はできないはずだ。」田原さんは
そんな問いかけを何度も安倍さんに繰り返しました。
●しかし、安倍さんは言を左右にして、明確な回答をしようとしません。
田原さんの得意な「政治家の言質をとる」やり方には絶対乗らないぞ、
そんな感じでした。異常なくらいの頑なな対応。そして執拗に迫る田原さん、
テレビからはそんな緊迫した感じが伝わってきました。
●そして安倍さんの逃げのキーワードは「歴史のことは歴史学者に任せて
おけばよいと思います。」、、、、。しかし、歴史のことは歴史学者に
任せるべし、という考え方、よくよく考えてみると政治家としての責任放棄
なのではないかと思うのです。
●歴史の話は「歴史学者に任せておくべき」という安倍発言は
私から見ると、安倍晋三さんという政治家の無責任さを強く感じます。
その理由の第1は、今問題となっている歴史認識は、現憲法の成立の要因と
なった現在に直結する歴史の話であって、決して「過去」の話ではないということ。
その理由の第2は、政治家の活動の中で、もっとも本質的なことは、
その国の歴史に主体的に関わっていくことだと思うからです。政治家は、
ある意味で歴史の創造に関与します。だから、いつも歴史については責任を
問われます。安倍さんの発言は、その重大な責任を失念しているか、
本音を言うと問題だからあえてはぐらかしているとしか思えないのです。
●遠い過去の歴史の話し、例えば邪馬台国の謎、本能寺の変の謎など、
現在の社会生活と直接的には結びつかない、遠い過去の話、、これは
歴史学者の専売特許にしても良いでしょう。しかし、今われわれが
直面しているのは、現行憲法が誕生する直接の原因となった敗戦の
歴史なのです。憲法改正を主張するとしたら、改正の理由を明らかに
しなければなりません。そしてそのための必要不可欠の前提は、
憲法の制定される原因となった諸事情をどのように考えているかと言うことです。
それが、田原さんが執拗に追求した歴史認識についての安倍さんの考え方なのです。
憲法改正をいうのであるなら、歴史認識の話をいい加減に
やり過ごすことは許されません。
●結果として無理やり村山談話を一応評価するという言質を田原さんに
与えることでやり取りは終りました。しかし、安倍さんのこの問題に
対する頑なな対応は強く印象付けられたのでした。
【3】戦後50年決議と戦後60年決議の比較。
●「政治家は歴史の創造者としての責任を」持つべきだと思います。
「創造者」という言葉に、ある種の思い込みや「臭さ」があるとするなら、
歴史に、政治家として多少の痕跡を残した者は、その責任から
逃れることはできない、、、このように言い換えても同じです。
●例えば、私は、新党さきがけ所属衆議院議員だったころ、「自社さ」
政権に参加しました。村山政権の建設政務次官として、400日余の
在任期間でした。自民党を離党し、細川政権を樹立して自民党を野党に
落としながら、再び自民党を与党に復帰させることに手を貸しました。
このことは、私自身の政治活動の中でも最大の失敗だったと思います。
たった1年弱で与党に復帰した自民党は、野党生活の陰惨さを味わったうえで、
さらにたくましく悪ずれして与党に返り咲いたのです。
●自社さ政権発足にいたる詳細な経緯は、今もって明らかにされていませんが、
新党さきがけの内部でも様々な議論がありました。私自身にも
かなり大きな抵抗感があったのは事実ですが、その抵抗感を解消するためにも、
自社さの政権合意のなかに戦後50年決議を盛り込むべきであると
執拗に要求しました。
●私自身は、大変失礼ながら、必死で政権に戻ろうとする自民党に
「歴史認識」という時限爆弾を仕掛けることができれば面白い。そんな
考え方があったのも事実です。すなわち、昭和の歴史に真摯に向き合おうと
する人たちと、そうでない人たちを「戦後50年決議」というふるいにかけて
分離すべきではないか、さらにそれを政界再編の分水嶺と考えるべきではないか
こんな思いがあったのです。
●不充分ながら衆議院で決議された「戦後50年決議」は、以上の
自社さ政権合意が背景となってできました。そしてそのうえで、その
不充分さを補う形で村山談話が出されました。以上長々と書いてきたのは、
50年決議と言う歴史は様々な政治的な動きの結果であったということを
言いたかったからです。まさに政治家は歴史に痕跡を残しうる存在なのです。
だからこそ、「歴史のことは歴史学者に任せればよい」などといった発言は、
政治の本質を理解しない無責任極まりない発言なのです。
●ついでに「戦後60年決議」との比較もしておきます。昨年の夏、
民主党ネクストキャビネットで、この衆議院決議のことがテーマとなりました。
議運サイドが与党と折り合ってきたと言う決議案の文案に
私は真っ向から異を唱えました。なぜかと言えば、最初の文案には、
50年決議には婉曲表現ながら存在していた「侵略的行為」や「植民地支配」といった文
言が、スッポリと抜け落ちていたからでした。
●結果として、60年決議では「50年決議を想起して」と言う言葉を盛り込む
ことでなんとかその痕跡を残しました。間違いなく後退しつつある歴史認識の
国会の状況。それに対して懸命に抵抗した結果でした。
これが私自身の歴史に関与したものとしての責任の果たし方です。
●しかし安倍さんは、その時点で自民党幹事長代理という、要職にありながら、
本会議を欠席しています。どんな考え方で本会議を欠席したのか安倍さんは明らか
にしてはおりません。先日のテレビ朝日のやり取りの中では、田原さんはこのこと
を指摘しませんでした。少し残念でした。
いづれにしても、総理に就任し、憲法改正を標榜する以上、安倍さん自信の昭和の
戦争の歴史についてのきちんとした評価を明らかにする必要はあります。学者に
任せるなどと言った軽薄な逃げは許されないと思いますがいかがでしょうか。
参考1 戦後50周年国会決議 衆議院本会議 1995年6月9日
歴史を教訓に平和への決意を新たにする決議
本院は、戦後50年にあたり、全世界の戦没者及び戦争等による犠牲者に対し
追悼の誠を捧(ささ)げる。
また、世界の近代史上における数々の植民地支配や侵略的行為に思いをいたし、
我が国が過去に行ったこうした行為や他国民とくにアジアの諸国民に与えた苦痛を認識し、
深い反省の念を表明する。
我々は、過去の戦争についての歴史観の相違を超え、歴史の教訓を謙虚に学び、
平和な国際社会をいていかなければならない。
本院は、日本国憲法の掲げる恒久平和の理念の下、世界の国々と手を携えて、
人類共生の未来を切り開く決意をここに表明する。
右決議する。
出席賛成者
自由民主党 146人
日本社会党 58人
さきがけ 16人
計 230人
出席反対者
日本共産党 14人
欠席者
新進党 171人
自由民主党 55人
社会党 14人
さきがけ 4人
民主の会 5人
無所属 数人
計 249人以上
衆議院議員現員 509人
( 欠席者は『朝日新聞』6月10日付による)
参考2 戦後60年決議 2005年8月2日衆議院決議
国連創設およびわが国の終戦・被爆60周年に当たり、さらなる国際平和の構築への
貢献を誓約する決議
国際平和の実現は世界人類の悲願であるにもかかわらず、地球上に戦争等による
惨禍が絶えない。
戦争やテロリズム、飢餓や疾病、地球環境の破壊等による人命の喪失が続き、
核兵器等の大量破壊兵器の拡散も懸念される。
このような国際社会の現実の中で、本院は国際連合が創設以来60年にわたり、
国際平和の維持と創造のために発揮した叡智(えいち)と努力に深く敬意を表する。
われわれは、ここに10年前の「歴史を教訓に平和への決意を新たにする決議」
を想起し、わが国の過去の一時期の行為がアジアをはじめとする他国民に与えた
多大な苦難を深く反省し、あらためてすべての犠牲者に追悼の誠を捧(ささ)
げるものである。
政府は、日本国憲法の掲げる恒久平和の理念のもと、唯一の被爆国として、世界の
すべての人々と手を携え、核兵器等の廃絶、あらゆる戦争の回避、世界連邦実現への
道の探究など、持続可能な人類共生の未来を切り開くための最大限の努力をすべきである。
右、決議する。
平成17年8月2日
備考 与党側が提示した案文に1995年の戦後50年決議に明記された
「植民地支配」や「侵略的行為」という文言が盛り込まれていなかったことに、
野党側が「内容が後退している」と反発、調整が続いていた。最終的に、共産を除く
4党が戦後50年の国会決議の内容を「想起」との表現を加えることで、合意した。
それぞれのアンダーラインの部分を比較してみると、後退の印象は否めない。
なお、自民党の安倍晋三幹事長代理や拉致議連会長の平沼赳夫氏(「国論を分ける
ことを決議することに疑問を持っている」)ら自民、民主両党の10人近くが採決に
先立って本会議場を退席している。