国会通信 No.737

【格差のビックバン】

2007/2/19 (マンデーレポート737の要旨)


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 【1】市場原理主義は、「格差」のビッグバンをもたらした。 【2】新たな「帝国」とは 【3】テロと「帝国」 【4】民主党の存在意義は 【5】先週の主な活動。 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 【1】 市場原理主義は、「格差」のビッグバンをもたらした。 (1) 佐々木毅先生の「政治学は何を考えてきたか」を読む。 ●13日火曜日、久しぶりに「政治改革10年・政党政治の歴史に学ぶ会」が  開催された。93年の自民党大分裂、そして政権交代の背景をなしたのは、  リクルート問題に端を発する政治改革の大きなうねりだった。この動きを  背後で応援してくれたのがいわゆる民間政治臨調であった。その中心的な  役割を果たしたのが、(ご自身ではあまり語らないが)、前東大総長であり  日本政治学会の会長でもある佐々木毅先生だったことは間違いない。 ●現在は21世紀臨調と名前は変えたが、引き続き佐々木先生が中心となって、  たとえば最近のマニフェスト政治を真っ先に提言するなど、活発な啓蒙活動  (すこし古い表現かな(^^)。)を展開している。同時に、かつて超党派で  政治改革に取り組んだ90年衆議院当選組みの議員を中心にして  「政党政治の歴史を学ぶ会」を結成し、引き続き佐々木先生を中心にした  勉強会がスタートした。この日はちょうどその第7回目にあたる。 ●今までは、東大の三谷先生や坂野先生といった歴史の大碩学を中心に、  明治以後の日本の政治の歴史を勉強してきたが、この日は、佐々木先生が  最近出版された「政治学は何を考えてきたか」と題する本をテーマに、  先生ご自身からご講演を頂けるとなり、久方振りながら、自民、民主の  90年当選で、かつての政治改革にともに取り組んだいわば戦友たちが  集まった。自民党からは、中谷、小坂、河村などの大臣経験者、民主からは  岡田、仙谷、土肥なども参加。司会は、テレビでもおなじみの読売新聞論説  委員長(?)の橋本五郎さん、マスコミ界の中心人物も多く出席した。 ● 出席者の責務は、同書の2章、5章、10章は必ず読んでくること。  佐々木先生の論文、政治のみならず、経済の分野にも広い視野を持ち、  鋭い分析がちりばめられており、熟読すればするほど、深みと広がりが  出てくるすばらしい論文だと思った。 (2) 市場原理主義は、「格差」のビッグバンをもたらした。 ●同書の第2章には20世紀の政治と経済の流れが極めて適格に  整理されている。私流の乱暴な要約をして、20世紀の政治・経済の動きを  大づかみにすると、以下のようになる。  自由放任主義・切り取り自由の帝国主義→第1次世界大戦→「大恐慌」  →米国のニューリベラリズム・英国のケインズ主義などの計画経済→  第2次世界大戦→冷戦構造→サッチャーリズム・レーガニズムなどの  新自由主義・市場中心主義の攻勢→冷戦構造の崩壊→  グローバリズム経済への様々な反発→テロリズムの出現 ●自由主義の行き着く果てに、大恐慌を経験した世界は、イギリスのケインズ主義に  しろ、アメリカのニューリベラリズムにしろ、資本主義に計画経済の考え方が入りこむ。  そこに第2次世界大戦が絡み、その後の東西対立の中で、究極の計画経済体制とも言え  る共産主義・社会主義が期待を集める。それに対して西側は、新たな市場原理主義を経  済政策の中心に位置づける考え方が再び強くなってくる。それが新保守主義  だったり新自由主義である。ソビエト連邦が崩壊し、西側が勝利を確実にする過程で、  市場原理主義に基づく新自由主義は、世界を席巻する。 ●しかし、冷戦の終焉は、ばら色の未来に必ずしもつながらないことに、やがて  気づくことになる。冷戦の終焉は資本主義の単純な勝利とはならなかった。  「国境」や「冷戦」という硬い枠組みが取り外されることによって、世界全体に広がっ  た「市場」は、コンピューターという新たな武器の誕生によって、世界の金融市場を  連結し、それぞれの国家を単位にした政策の限界を示すようになった。  また、市場の開放は、国際的かつ国内的な格差を、どこでも拡大するようになった。  「格差のビッグバン」そんな現在を生み出している。 ●市場原理主義の基づくアメリカが推し進めてきた政策は、急激な「格差」を生み出  し続けている。途上国と先進国の間の格差は拡大し、また先進国の内部の貧富の差も拡  大する。グローバリズムが必然的にもたらす格差とどのように向き合っていくかが  大きな課題として浮上してきている。自由経済から計画経済となり、再び  市場中心主義がぼっ興し、そしていままたその揺り戻しが来ている。    この大きな問題に対して政治の側がどのように提案し、主権者としての国民に  どんな選択肢を提供するかが問われているのだと感じた。   【2】 新たな「帝国」とは ●佐々木先生の第10章では、最近一部の政治学者の主張する、あらたな「帝国」論議が  紹介されている。政党の最大の価値あるいは存在意義は、歴史に対処する選択肢の提供  にある、私はそのように考えてきた。そんな考え方にたったとき、グローバリズムとテ  ロリズムに揺れる世界の現状に対して、政党とりわけ民主党(もちろん日本の)の存在  意義をどう捉えていくべきなのか、しっかりと考えなければならないと感じた。   ●20世紀後半になって誕生したコンピューターは世界の金融市場をあっという間に結  びつけた。一年間の国家予算をはるかに超える巨額のマネーが、一瞬で取引される市場  を生み出した。新たな世界の金融市場の誕生であり、ここでは国家自体が、市場によっ  て格付けされてしまう。日本の国債がトリプルAからダブルAと格下げされたことが新  聞の一面にのり、そのことによって銀行どころか一国の財政状況は激減するのだ。国家  を凌駕する何かが誕生している。 ●国家を凌駕する何かとはなんなのか。第10章で取り上げられた  新たな「帝国」論議も実に興味深かった。もちろん21世紀の「帝国」  といったとき、当然それはパックスアメリカーナを予想している。  アメリカの提案するグローバリズム経済、アメリカという超軍事力  これらが「帝国」の要素であることは間違いない。 ●しかし、21世紀の「帝国」は、国境を前提とし、戦争=領土の拡張を  前提としていた19世紀型の「帝国主義」ではもちろんないのである。  すなわち、かつての「帝国主義」は国家を前提としていた。しかし、21世紀の「帝国  」は国境を超越している。国家という基本的な単位を超越した経済が  主役であり、帝国の支配者は、大統領という個人や議会ではなく、無名のシステムであ  るといったほうが分かりやすいかもしれない。 【3】 テロと「帝国」 ●アルカイダなどのテロは、この「帝国」に対決しようとしているの  かもしれない。急激な格差の拡大は、グローバリズムに対する憎悪を生み、  やがてテロ集団を発生させた。テロは、グローバル経済の「淀み」から  誕生したのである。  たとえば、アルカイダの攻撃目標は何なのか。9・11の攻撃対象はなんだったのだろう  ということである。ホワイトハウスでも、ブッシュ大統領でも攻撃しやすければ何でも  良かったのかもしれない。しかし、それと同時に、攻撃対象はむしろ、アメリカ合衆国  という「国家」というより、アメリカの作り出した経済そのもの、あるいはグローバル  経済というシステムこそ本来の攻撃目標なのではないだろうか。だからこそ、ツインタ  ワーというアメリカ経済のシンボルが選ばれたのかもしれない。 ●しかし、目標がシステムだとすれば、とても厄介な問題である。  それは、目標の完了あるいは達成の検証がかぎりなく不可能だからである。   ●従来の戦争には「終わり」が必ずあった。なぜなら、戦争は「国家」間の  争いであり、国家権力の中枢の決断ないし消滅によって「終わり」を迎える  ことが出来たのである。しかし、テロとの戦いには終わりはない。なぜなら  国家や国境や領土が前提になっていないからである。   ●テロとの戦いは、国際社会を、永続する戦争状況におくことになることを認識すべ  きであろう。それは、様々な危惧をわれわれにもたらすことになる。  出入国管理法の改正、共謀罪法案、密告勧誘のゲートキーパー法案、様々な  立法提案がテロ対策のもとに提案されている。フランス革命以来、延々と築き上げてき  た人類の貴重な財産とも言うべき多くの人権は、テロとの戦いという、  大義名分によって簡単に捨て去られようとしている。テロとは敢然と戦わねばならない  。しかし、テロは格差の淀みから生まれたといった本質を忘れてはならない。テロとの  戦いの最終目標の判断を誤り、専制と抑圧をむやみに拡大し自由な市民社会を圧殺して  はならないのである。 【4】 民主党の存在意義は ●グローバル経済が新たな「帝国」をうみだし、また「テロ」との戦いを  大義名分とする超管理社会を実現しようとする21世紀のトレンドがあるとして、  政治家は、そして政党は何をすべきなのだろうか。なにを提案すべきなのだろうか。   ●佐々木先生の著書の中に、サッチャー、レーガン、中曽根という3人の政治化の時  代に触れた部分があった。そして、いわゆる中曽根行革が最後には  国鉄民営化といった行革に特化していき、日本国の政治経済全体に及ぼす大きな政策体  系に昇華しえなかったとの指摘があった。鋭い指摘である。    93年の政権交代に出発し、自民党・社会党の55年体制は、「自・公」対  「民主」という枠組みに移り変わってきた。しかし、政党として有権者に  提供すべき政策体系は、実は混濁したままで推移してきた。サッチャー政権にしろ、レ  ーガン政権にしても、のちに「イズム」として昇華しうる一定の  政策のパッケージは持ちえたのであるが、中曽根民活にしろ、小泉改革に  しろ、大くくりの政策の選択肢は提供しえたであろうか。 ●かつて新党さきがけが、熱心に提起した「官権・民権」論議ではないが、  霞ヶ関との戦いを称えれば「改革」となりえた時代はすでに終わった。  もちろん、官僚政治からの脱却が日本の最大の課題であることは今後とも  続く。しかし、それはむしろ改革という現状変革の当たり前の前提でしかない。むしろ  、そのあとに控えている、この国の社会経済のグランドデザインを  どのように構想し、さらに国民に提案すべき政策のパッケージをどのようにこそ考えて  いくのかこそ、もっと重要である。 ●21世紀のグローバル経済のなかで勢いを増すであろう、新たな「帝国」とどのよう  に向き合っていくのか、「帝国」を脅かそうとする「テロ」に対して  どんな対処をしていくのか、これがこれからの政治が取り組まねばならない  大きな課題であろう。佐々木先生の話を聞き、出席者の議員の皆さんの話を  聞きながらそんな思いに浸っていた。 ●政党の国民に対する最大の責務は、「一定の政策のパッケージ」を示すことである  。かつて96年の民主党を立ち上げた際、政策委員長を務めた私は、  この点についての明瞭な認識は持っていたつもりである。それは、これから  立ち上げる民主党を「第三の道」を目指す政党としようということだった。    政党の名称を民主党とすべきであると提案したのも、新自由主義の政党とは  一線を画そうとしたからであった。   ●当時の政治状況でもっとも刺激的だったのはイギリスのブレア首相の存在だった。  英国病を克服したサッチャーリズムではあったが、10年を越える規制撤廃と自由競争の  もとで、学校をはじめ社会のいたるところで、競争の弊害が顔を見せていた。96年の民  主党の基本政策は、口には出さなかったが、間違いなくブレア首相が華々しく称えてい  た「顔の見える資本主義」に立脚したものであった。   ●さらに、財界に支持基盤のある自民党と対抗して、持続的な二大政党制を  樹立しようとすれば、当然労働組合とのパートナーシップを基礎に置かなければならな  い。その意味で、民主党を社会民主主義政党の延長線上に位置づけられてもかまわない  と考えていたことも事実である。 ●しかし、この思いを積極的に外部にアピールすることは自制した。  なぜなら、かつての出身政党のくびきを超えた広い入り口にしたからだった。  自民党、新進党、社民党、新党さきがけ、その他今では思い出せないくらいの  多数の新党があった。広く参加者を糾合するためには、明瞭過ぎるイメージは  避けたいと言った現実的な考慮もあったのは事実である。ただ、政党の名称は  自由主義経済と一線を画す意味で「民主党」とすべきであるといった思いは  貫かせていただいた。 ●ただ、民主党たちあげ直後の96年10月の衆議院選挙で、結党時の政策委員長であっ  た私は落選。さらに、98年民主党の再結成で、新進党から大量の参加者が加わった。新  進党の中には、いわゆる新自由主義者の方も相当数あった。  もしかしたら「民主党」という政党名称も変更されやしないかと心配した。しかし、こ  の名称は維持され、さらにその後小沢「自由党」との合併の際も、  民主党という党名は維持されて今日に至っている。今日の政治状況を見るとき、  私は「民主党」という政党名を維持していて良かったと思っている。   ●なぜ良かったか。ここで、ようやく先ほどらいの議論とつながる。  すなわち21世紀の現在、世界の遭遇している最大の問題状況は何かといえば、  グローバル経済のもたらした「帝国」にどう向き合うか、さらに  「帝国」に対抗しようとする「テロ」にどう対処するかということだからである。   ●小泉改革は、どのように考えても「帝国」の先兵としての改革である。  また、共謀罪にしてもゲートキーパー法案にしても、「テロ」対策のために  管理強化を図る方向を目指してきたことは明らかであろう。これに対して、  私たちは別の選択肢を提供するべきなのである。それは、一言で言えば  自由に対する共生であり、管理に対する人権である。主権者としての  国民を大切にする政治であり、国境を越えた経済よりも人権の尊重である。 ●私は、「国民」という言葉よりも「市民」という言葉が好きだ。  国民という言葉は、「民」の上に「国」が乗っているからである。  民主党は、グローバルな市民の連帯を目標とすべきである。  「市民が主役の民主党。」96年に提案したこのコピーは、98年には  舞台裏にしまわれた。「国民と連帯する」に変えられた。村民・町民を  無視してはならないというのがその理由だった。しかし、市民という  言葉に町や村を蔑視する意味は全くない。新しい「帝国」概念に  対抗する意味で国境を越えた市民の連携をしっかりと訴えながら、  再び「市民が主役の民主党」と声高らかに訴えたいものである。   【5】先週の主な活動。 ■2月13日(火) 13:30 民主党・新緑風会常任役員会 14:30 参議院憲法調査会事務局レク 18:30 政治改革10年・政党政治の歴史に学ぶ会 (参考前記【1】〜【4】) ■2月14日(水) 08:00 民主党法務部門会議 11:30 民主党議員総会 12:00 参議院本会議 12:05 民主党参議院国対・理事合同会議 ■2月15日(木) 08:00 民主党第5回はたらき方調査会 13:30 民法722条の嫡出推定に関する勉強会 ■2月16日(金) 12:00 民主党法務部門会議役員会 18:30 谷ひろゆき後援会総連合会「2007合同新年会」 ■2月17日(土) 16:00 社民党栃木県連2007年社民党躍進の集いレセプション ■2月18日(日) 13:00 チャイルドラインとちぎ定期総会 13:00 (社)日本舞踊協会栃木県支部新年会 15:00 福田あきお新春躍進のつどい 17:00 那須南地区やなせ進後援会新春のつどい