第1 連立政権の総括

5 橋本連立政権(96年1月〜)


5 橋本連立政権(96年1月〜) 1) 政策合意の実態      橋本政権のスタートラインの政策合意については、   さきがけの政調会長代理として菅政調会長の補佐をすることとなった。 ●まず、5日午後4時さきがけが突きつけるものをなにするかについて協議。  私は「歴史認識、NPO法案、住専問題、行革」をあげた。  また、大蔵省改革を明瞭に出すのがよいと主張した。 ●翌 6日午後3時 さきがけの政策合意案の大要を決定。  「大蔵省中心の金融行政改革。  農協系統金融の改革。  HIV問題についての薬事行政改革」の3点を最重要課題とし、  歴史認識、NPO問題など7項目を提示することとなった。 ●同日午後8時半自社さ政策担当者9名による  政策合意会議が開かれた。  私もさきがけの政調会長代理として参加した。(ANAホテル)   (自民は山崎政調会長、与謝野、岡部。   社会は佐藤観樹、田口、藁科。   さきがけは菅政調会長と堂本・私の両政調会長代理。)  過去2回の政策合意をベースに各党持ちよりの合意案を突き合わせ検討開始。  翌7日午前2時までかかって、20項目をのぞき、大筋で合意ができた。 ●7日午後2時 9者会議  残り20項目について協議。  最終的に「歴史認識問題」と「日米安全保障条約」について自社対立。  最終調整は、幹事長書記長政策担当者会議にあげることとなった。  大蔵省改革、農協改革、薬事行政改革の3点についてさきがけの主張は自社も了承。  「大蔵省を中心とした金融行政と監視体制の総点検」  「農林系金融機関の情報開示と再編・合理化のための法案整備」  「薬事行政の調査、責任の明確化」  として合意された。  ●7日午後5時 総務会  9者会議の結論報告。  「歴史認識」については最低限昨年6月の衆議院の国会決議の線から  後退してはならないこと。  「日米安全保障条約」については、  米軍規模縮小まで合意事項とするのは困難だが、  冷戦終焉後の世界に対応した安全保障条約の見直しについては  踏み込んでよいのでは、と意見集約。  最終的に書記長幹事長会議と政策責任者の合同会議に出席する  鳩山・菅両氏に一任。  ここにおいて、第3次自社さ連立政権にさきがけも  参加することがほぼ決定された。 2) 橋本政権(=第3次自社さ連立政権)の意味づけ    1)さきがけとしては、当初 橋本第三次自社さ政権を以下のように意義づけ、    政権に参加する理由とした。    @「経済改革特命政権」と意義づけたい。     資産デフレを脱却し、実効性のある規制緩和を断行し、     21世紀の産業・社会の基本的インフラである高度情報通信基盤整備のための     抜本的な政策を樹立する等、     わが国の経済構造を改革するのが第1の意義である。        A「バブル総括・行政改革」が第2の意義である。     住専問題を徹底的かつ総合的に検証しつつ、     同時にこれをバブルの最悪の帰結であり、     また大蔵省中心の官僚政治の弊害が集中的に露出した結果であると     認識したうえで、バブルの原因結果について総括すべきである。    B政治家一人一人が自己批判の精神で住専問題とバブルの総括に     取り組むべきであり、また1989年8月10日から1991年10月14日までの     2年2カ月の長期間大蔵大臣に在任した     橋本総理自らも率先してこの問題に取り組む義務がある。  3)重要な見落とし    しかし重要な見落としがあったと思う。    村山政権のとき、社さが数の上では圧倒されていた自民に対し、    それなりにものが言えたのは、劣勢の側から総理をだすことで    バランスをとっていたのである。    橋本政権は、同じ自社さ政権でも全く質の異なる連立なのである。    すなわち社さの議席数をあわせても自民党を上回ることはできない    議席差のなかで、自民から総理を出すことになると、    自民をチエックする切り札はなにもなくなってしまう。    こうなるとこれは勝負にはならない。    政権の発足当初は、今までの惰性で押さえているものも、    なれてくれば必ずや自民党本来の体質が色濃く出てくるようになるのであって、    このような連立の構造が本質的に変わったことをもっと重要に受けとめるべきであった。  4)連立政権の方程式    のちに民主党ができ、与党よりの「建設的野党路線」をとるべきか、    野党に徹する「完全野党路線」をとるかの議論が行われた。    そのとき私は完全野党路線が望ましいとの議論を展開した。    その際の理由付けとして、連立政権の公式をいくつか整理してはなしたことがある。    まず政党として連立をくむ場合の注意点である。    いうならば「連立」がうまくいくためにはどうしたらよいか。    過去4年間の経験をまとめると以下の3点が重要である。    1) シンプルな政策協定(=明瞭な、かつ多岐にわたらない政策協定)    2) 政党バランスの均衡    3) 連立の解消要件の明確化    連立がスタートするときに、    この3要件を欠いたときは、つねに最大政党に埋没する危険に付きまとわれる。    特に2)については、「連立の政党バランスの方程式」とでもいうべき    数式が立てられるのではなかろうか。    それは    ∴ A < B + C  =   安定    ∴ A > B + C  =   不安定  または Aの一人勝ち    という公式である。    (A政党の議席数) < ( B政党とC政党の議席数の合計)    といった関係が望ましい。    それ以外だと結局数の論理で以下の二つのリスクを背負うことになる。    一つは、妥協のリスク。    (最大政党Aの賛成を得るために自党の政策の重要な修正を余儀なくされる。)    二つは、横取りされるリスク。    (成案化してもその成果はすべて最大政党に持っていかれる。)             (97/3/10 第289回マンデーレポートから)    以上は、細川政権から始まる連立政権の歴史から得られる    教訓のエッセンスである。