第2 鳩山新党そして民主党の誕生

2 鳩山さんの印象


2 鳩山さんの印象   少し横道にそれるかもしれないが、鳩山さんについて書いてみたい。 (1)コンピューター    最近はあまり話題にならなくなってしまったが、    日本の政治改革をここまで動かしてきた出発点の一つに    ユートピア研究会の政治資金実態調査があると思う。    巨額の政治資金を必要とする自民党の実態、    それを赤裸々に報告した内容は衝撃的であった。    そして、ユートピア研究会のメンバーが、    みな当選一期目の新人代議士たちであったことを知って    衝撃はさらに深まった。    このユートピア研究会の代表が武村正義氏であり、    実態調査のコンピューター処理をしたのがスタンフォード大学卒業の工学博士、    鳩山由紀夫氏であった。    当時の自民党はリクルート事件の金権腐敗のスキャンダルで    ずたずたになっていた。    このなかでのユートピア研究会の赤裸々な内情暴露は鮮烈だった。    批判を恐れず実情を告白した上で、    自民党の暗部に切り込もうとする永田町下級武士の姿に私は    ふるえるほどの感動を覚えたものである。      その後私も当選し、自民党のなかで政治改革の渦中に    身を投じることになった。    ユートピア研究会の代表であった武村氏は、    すでに自民党全体の政治改革の中心に位置し、    事務局長的な存在であった。    私は、政治改革本部に参加し、    やがて二期(当時)の石破茂氏を代表とする政治改革を実現する若手議員の会    を結成することとなった。    ユートピア研究会の主力メンバーだった、鳩山由紀夫氏、渡海紀三郎氏も    もちろん参加してくれた。    そして若手議員の会として最初にやった活動が、    政治資金実態調査の第二弾であった。    奇しくも調査結果の集約と分析を私が担当することになった。    使い初めて間もないパソコンのスプレッドシート(表計算ソフト)を    使ってまとめたが、鳩山さんのように工学博士号など持っていない私である。    さんざん苦労したのを今でも思い出す。    ところで現在、民主党は情報革命のなかでの新しい政党の役割を    真剣に模索している。    「ヴァーチャルパーティー」という言葉を最初に使った    日本の政治家は鳩山さんだが、彼のもとで私がインターネット局長を    仰せつかった(97年9月)。    不思議な因縁を感じる。    鳩山さんと私は情報革命第一世代の政治家なのかもしれない。 (2)テレビ    経世会の分裂騒ぎの時にテレビでご一緒したことがあった。    92年12月のころだった。    金丸問題のあと経世会は分裂の危機を迎えていた。    若手議員の会で親しくしていただいていた鳩山、三原、北村の三先輩の    去就が心配だった。    彼らの動向は、若手議員の会にも間違いなく微妙な影を落としてくる。    それが気がかりだった。    案の定、北村さんは、羽田さん小沢さんと行動をともにして    派閥離脱、鳩山さん三原さんは派閥に残留ということになった。    そんな状況のなかで12チャンネルが田原総一郎さんの司会で    2時間の特番をやることになり、私も出演した。    鳩山さんは、どちらかといえばつらそうだった。    派閥に残留した顔ぶれが政治改革に積極的ではなかった。    若手の改革に積極的だった人はだいたい    小沢さんのグループについていったからである。      言葉少なにうけこたえする鳩山さんの態度は、頼りなげであったが、    変に肩を怒らせてはいない率直なものの言い方に、    しなやかな強さを感じた。      この分裂騒ぎのあと、    鳩山、三原、渡海のみなさんの姿が「若手議員の会」から    少しずつ遠ざかっていったように感じられた。    この前後に「制度改革研究会」が立ち上がる。    あとで分かることとなったが、    鳩山さんらはこの時期から活動の本拠を武村正義、田中秀征、細川護煕、らが    中心になって設立した「制度研」のほうに移し、    本格的に後のさきがけの結党準備に入っていたのである。    私は、このような動きのあることを知らずに、    さらに「若手議員の会」の活動をエスカレートさせていく。    翌年6月、若手議員の活動を極限まで追求し、    考えられる知恵を絞り尽くし、かなりの実力行使も行いながら、    結局、政治改革法案の立法化を断念せざるを得ない状況になった。    私は自民党の将来に絶望した。    今さら自民党公認の看板を背負って選挙に立つ気持ちも失っていた。    離党しかないと腹をくくったところに、武村グループからの打診があった。    秘密の連絡先であった都内のホテルに早速電話をした。    その電話に最初に出たのが鳩山さんだった。    「あっ、簗瀬さん。」    彼の落ち着いた暖かい口調が受話器の向こうから響いてきた。    自民党離党の意思が、その瞬間に固まった。 (3)友愛革命      民主党を結党する推進力となった鳩山さんの理念は    「友愛」革命である。    「友」とか「愛」とかの言葉のイメージだけとらえて、    鳩山さんの理念を甘ったるいソフトクリームのような    すぐに溶けてしまうヤワな理念と勘違いしている人も    相当いるようである。    しかし実際は全く違う。    彼自身の言葉を借りれば    「リベラルは愛である。ここでの愛は友愛である。、、、     自由主義市場経済と社会的公平・平等。     つきつめて考えれば、近代の歴史は自由か平等の選択の歴史と言える。     自由が過ぎれば平等が失われ、平等が過ぎれば自由が失われる。     この両立しがたい自由と平等を結ぶ架け橋が、     友愛という精神的絆である。」    と説く。      「自由」が過ぎれば弱肉強食、優勝劣敗。    貧富の差は拡大し、社会的な不安は増大する。    サッチャーリズムや新保守主義の持っているマイナスの部分である。    「平等」が過ぎると、社会の活力は減退する。    「規制」という既得権に守られ、もたれあいの中で国際競争力を    失いつつある昨今の日本経済の深刻な問題がここにある。    この二つをいかに調和させていくのかが、    どこの国にとっても最大の課題である。      友愛革命は、この困難な課題を「自立した個人」による    「おたがいの尊厳を尊重」することから見いだそうとしているのである。      自立した個人、主体性の確立、個人の尊厳の尊重、    はいままで述べてきた新市民革命の目的とすることでもある。    鳩山さんの友愛革命と私の新市民革命は表裏一体を    なすものであると私は考えている。 (4)ユーモア    鳩山さんは、その場の雰囲気を和ますのが得意である。    彼一流のジョークは、政権離脱の緊張感あふれる中でも、    離党の深刻な議論をしているときでも、つきせず出てくる。    時としては、かなり辛辣な内容もまた相当意味深な内容も、    さらっとジョークでやられたりすると、かなわないなーと思ったりする。    時には受けないダジャレもあるけれど、    それもご愛嬌である。    よく日本の政治家は、まじめすぎて面白味がない、    したがって人間的な深みに達する信頼関係が築けない、    などと海外から言われたりする。    しかし、彼にとっては無縁のことである。    肩の力を抜いて、ゆったりと落ち着いてものを見、巧まざるユーモアで    自己表現できるのは、鳩山さんの特技である。    これはなかなかまねのできることではない。    今までにはなかった政治家のタイプである。