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| 日時 |
97年3月22日午後7時開演 |
| 場所 |
栃木県総合文化センターサブホール |
| 指揮 |
永井宏 |
| 演奏 |
バッハソサエティーうつのみや合唱団及び合奏団 |
| 曲目 |
バッハマタイ受難曲 |
私の好きな作曲家は大バッハ、、、、。
リコーダーを吹き、また3年前からチェロを始めたのも、ある意味では少しでもバッハの世界に浸りたいと思ってのことでした。そして合唱も、、。
一番最初に歌った大曲は「ロ短調ミサ曲」、衆議院初当選直後の90年夏、日本フィル協会合唱団に入り、サントリーホールでのことでした。
カンタータ64番の合唱部分を歌ったこともありました。(92年の初夏、栃木県鹿沼市のエルベ合唱団)
そして96年3月、西洋音楽の最高峰と言われるマタイ受難曲を初めて歌いました。ところは、宇都宮市内の峰町キリスト教会、バッハソサイエティーうつのみや合唱団(略称BSU、ブス?)、指揮は永井宏さんの演奏でした。
この合唱団は、「1年に1度はマタイを歌おう」を合言葉に結成されました。大曲であるために、ソリスト、オケともに全部をそろえるのは大変です。そこは、気長に行こう、徐々に充実させれば良い、との考え方を採用、まず手始めのこの年は、男性の独唱陣は日本訳の朗読で代用、オーケストラはピアノ、オルガンでといった変則スタイルでした。
しかし、合唱部分はドイツ語でほとんど全曲、省略なしで歌いました。14曲のコラールも、それぞれの表情を明確に表現仕分けねばなりません。私の印象では、ロ短調ミサ曲は各声部の緻密な作られ方など音とりの難しさはマタイ以上だと思います。しかし、発音上の難しさでは、ロ短調はラテン語の祭礼文ですから、マタイのほうが難しいと感じました。
物語の劇的な表現を重視する受難曲では、言葉が決定的に重要です。マタイは正確な発音で、劇的に情感たっぷりに表現しなければならない、その点に相当神経を使います。
さて今年も、「1年に1度は歌う、しかも少しずつ進歩して。」の目標のもと、3月22日に演奏を行いました。前年は、オルガン等で代用されたものが、小編成のオケに進化しました。会場も100人の小会場から、県総合文化センターサブホールという500人規模の本格的な会場になりました。
合宿にも参加し、満を持して本番に望むつもりでしたが、なんと本番の日は民主党の初の全国大会と重なることになってしまい、最初は真っ青になりました。しかし、党大会は午後4時前には終わりそうな気配、なんとか出演できそうになってほっと胸をなで下ろしました。
(「政治と音楽、どっちが大切」?との影コーラスが聞こえてきそうですね。私にとっては、どちらも大切ですよ。)
当日は東京駅の新幹線に4時半頃に飛び乗り、宇都宮到着後ただちに舞台にあがるという、綱渡り状態になってしまいました。
写真に注目、私だけ楽譜に「首っ引き」な様子がよく見えると思います。本番直前のリハなしで歌うというのはヒヤヒヤもの、特に指揮の永井先生は的確かつ詳細な指示をだされます。それを聞かずに歌わねばならない。本当に緊張し2時間の演奏を終えたときには、本当に肩がガチガチになっていました。しかし、演奏は感動的でしたよ。
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